土
05
5月
2012
写真家「土門拳」の古寺巡礼
九州の八代で土門拳の古寺巡礼の写真展を観てきた。
いいものはいい!
魂が揺さぶられる
魂が目覚めさせられる
不思議だが
そんな力がある一枚一枚の写真だった。
いいのもはいいのだ。
土
28
4月
2012
三重県の山奥で歌う
2012.04.28
今日は三重県の山の中で歌う
心を開くために歌う
丸い球体のこちら側で歌う
あちら側の方にもリンクする様に歌う
そんな日です。
その後は九州へ向かう
温かな九州へ向かう。
ミョウガを持って行こう
向こうでミョウガを植える。
こちらの花が枯れないように
雨よ時々大地を潤して下さい。
金
27
4月
2012
旅の連続でひび割れたフロントガラス
2012.04.27
吾がレジアスエースキャンパーが
旅の連続でフロントガラスに小石が当たり
ひびが入ってしまいました。
今日フロントガラスを新しく張り替えしました。
ハンドルにも錘を付けました。
これってトヨタの純正で
高級車には使ってある「ちょっとした隠しアイテム」
ほんの少しハンドルの感覚が
良くなったと感じます。
実は感じると思いたいのです。
手なわけで、明日からまた長い旅に出ます。
さすらいの歌唄いです、、、
夕陽も似合います。
負けるもんか!
金
27
4月
2012
気功で身体を見てもらった
2012.04.27
昨日
接骨院でありながら
気功法で身体を見てくれる
名古屋のS先生に身体を調整してもらいに行きました。
かなり状態は良くなかったようで
無理をし過ぎて来たようでした。
「この先も大切な方ですから、
気をつけて頑張ってください」って言われ
有り難かった。
見えない世界が視える整体の先生なので
いろいろ無理してきたことが映像で判ったようでした。
「ポジティブに笑って過ごして下さいね
今の地球はいろいろ噴き出しているから
ネガティブな思いを持ったら
すぐに魔が来ますよ
きくちさんの身体もいろいろ影響受けてしまうから
負けないで下さい」って言われました。
かなり受けていたようでした。
自覚症状と言うべきモノも気がついていたから
今の時期は本当に気をつけていないとヤバイね
疲労で調子が悪かったのと
何かヤバイなと自覚していたから
行けて良かった。
無理をしないようにポジティブに
笑いながら
また明日から旅に出ます。
今日はレジアスのフロントガラスの張替えだ
相棒も傷ついてしまったようだ。
木
19
4月
2012
旅から戻りました。
2012.04.19
3/29からの旅の延長のような
4/12からの旅を無事に終えて
4/18昨日戻りました。
帰りの名神が事故で通行止めになるなど
時間がかかりましたが
これもまたヨシ!
歌と感謝の毎日でした。
来てくれた皆さんに御礼申し上げます。
さてと今後の準備をしなくちゃ!
先ずはレジアスエースキャンパーを
洗車してあげようと思う。
長旅本当に有難うございました!
お疲れ様!
水
11
4月
2012
雨が降り明日から旅なんだけど
2012.04.11
今日は激しい雨が降っている。
明日はゴルフ場でのイベントライブがあるけれど
大丈夫かな?
次の日は朝早くから移動で京都高台寺近くで
貸切のライブがある。
次の日は兵庫県の加東市で夜のライブ。
次の日は京都で貸しきったライブハウスでライブ。
次の日は神戸でライブ。
次の日はプライベートで四国にいる。
長い旅だな。
食べるものとか大丈夫かな。
天気は良くなるかな。
月
09
4月
2012
多賀城市から戻りました。
2012.04.09
4/5に九州水俣を出てその夜には車で宮城へ
強行軍でした。
4/6の朝には東北歴史資料博物館でリハーサルがあり
4/7にコンサートをしました。
一時間きくち寛のコンサートがあり
残りの30分を水仙プロジェクトの発起人の
柳生真吾さんとトークショーで語りました。
すごく光に満ちたコンサートになりました。
自分のコンサートの中でも特に音と言葉が
響き渡った特別な時間でした。
その足でまたトンボ帰りでした。
4/8の夕方戻り、4/9は大切なもう一つのお仕事です。
この後は4/12から4/18まで
京都兵庫神戸四国と回って来ます。
そしたら家で録音しながらの時間です。
頑張っていますよ。
水
04
4月
2012
移動が長い
2012.04.04
今日は長い1日になった。
昨日は全国的な強風と雨で
水俣から名古屋への移動が
うまく行かなかった。
九州新幹線は問題なかったのだが
博多で山陽新幹線が止まってしまい
寒い中ホームで一時間以上待ちぼうけ
乗るはずの14:00の「のぞみ」が
19:00頃に動くらしいので
結局水俣へ戻ることになった。
それで今日4/4朝早くにもう一度博多まで
「つばめ」で動き
博多から「のぞみ」で名古屋まで行き
そこから小牧までまた電車に乗り6時間の旅でした。
さてここからまた旅が始まる!
機材を車に積んで18:00に東名に乗り
一路宮城県のコンサート会場の
多賀城市へ走っています。
でも疲れているから
日本平PAでもう泊まります。
今22:30か
さ〜〜寝よっと。
キャンパーで寝る前に
ブログを書いてます。
おやすみなさい〜〜。
土
03
3月
2012
大阪のライブ報告
2012.03.02
大阪twice_cafeでのライブが無事終了しました。
満席状態になり感謝いたします。
初めてきくち寛の歌を生で聞かれる方がほとんどでしたが
内容の濃いライブになりました。
スピリチャル系の歌のリクエストが多く
それに合わせて自分の不思議体験も話したり
今までとはちょっと違うライブでしたが
ものすごくエネルギーが出ていました。
1.泣いてごらん
2.永遠の約束(リクエスト)
3.火の鳥(リクエスト)
4.地球の詩(リクエスト)
5.聖なる戦士(リクエスト)
6.集およ日本一長い運動場に(リクエスト)
7.ひとりはみんなのために(リクエスト)
8.シルクの月
9.道の人(リクエスト)
====休憩====
10.家族の絆(リクエスト)
11.時〜降り注ぐ時と共に
12.天国は春ですか?(リクエスト)
13.Operation大丈夫(リクエスト)
14.風のオルゴール(リクエスト)
15.龍華樹(リクエスト)
16.魂歌巡礼の旅
17.ボヘミアン
====AC====
18.天も地も(リクエスト)
19.星とラベンダーと君
日
26
2月
2012
2012.2/25 貴船のライブ
2012.2.26
2012.2.25貴船でライブ
予定人数を大幅に超えて満員御礼
1. 道の人
2. シルクの月
3. 知覧の英霊
4. 地球の詩
5. 日陰の花
6. 遠まわり
7. 夕顔(リクエスト)
8. 置き去りのままの夢を
9. Operation大丈夫
10. 水仙プロジェクト
11. 天も地も
-----------20分休憩----------
1. いにしえ桜
2. 泣いてごらん
3. 火の鳥
4. 振り返らずに
5. 魂歌巡礼の旅
6. ボヘミアン
----------アンコール-------
7. 家族の絆
8. 星とラベンダーと君
前回は光りのパワーに満ちた感じでしたが
今回は神聖な神社の森のような静かな気が
会場に満ちていたような感じがしました。
ありがとうございます。
水
22
2月
2012
モンスターペアレント?
2012.02.22
懐かしい「ハンカチ落とし」は怪我するといけないから
子ども会ではしないそうです。
おもしろい「椅子取りゲーム」は怪我するといけないから
子ども会ではしないそうです。
クレームがつくそうなんです。
「ハンカチ落とし」「椅子取りゲーム」で
本当に怪我ってするだろうか?
どう思う?
なんか変だぞ!
この遊びで怪我なんかしないと思うが
子供がまかり間違って怪我しても
ふざけ過ぎたことで怪我した痛みが解るし
次に繋げる学びもそこにあるはずなんだが。
いつから
モンスタークレームペアレントが
生息し始めたんかな?
この際
ウルトラマン
ゴジラ
モスラ
ガメラ
スパイダーマン
スーパーマン
アンパンマン
バットマン
ガッチャマン
8823海底人
スーパージェッター
鉄人28号
マグマ大使
鉄腕アトム
勢ぞろいでモンスターを排除してもらいましょう。
追加で
仮面ライダーとひみつのアッコちゃんと
ドラえもんと大鵬と少年探偵団と
おそ松くんにも来てもらいましょう。
その他に来てもらいたいヒーローがいたら
コメントに書いてください。
土
18
2月
2012
今日は気持ちのよい一日でした
2012.02.18
今日はある施設に行って来ました。
150名の方が集まって下さり40分歌ってきました。
みなさん、それぞれの聴き方で
初めての生のステージを体験されていました。
歌と歌の間に話を入れるんですが
今日は地球の話をしました。
浮かんでいる青く美しい地球に一緒に乗って
浮かんでいるんですよねって
思いがけず話しました
イメージしてくださいとお伝えして
皆さん、その光景を思い浮かべ
理解してくださったように感じました。
お見送りしたいと何人かが寒い中
玄関で待っていてくれました。
35年間のプロ活動の中で
数えきれないほど今日のような施設を訪ねて
歌って来ていますが
温かな雰囲気の中で気持ちのよい一日でした。
今日は疲れませんでした。
ありがとうございます。
1.時〜降り注ぐ時と共に〜
2.ひとりはみんなのために
3.ふるさと
4.赤とんぼ
5.上を向いて歩こう
6.Operation大丈夫
7.家族の絆
8.ボヘミアン
〜〜AC〜〜
9.星とラベンダーと君
水
15
2月
2012
気づきと反省と軌道修正
2012.02.15
夢をみて、その後半分の夢の中で
自分を見つめ直して
気づきを頂き
一番大事な心の姿勢を
思い出して修正する
ありがとうございます。
火
14
2月
2012
不思議な世界を垣間見てきました
2012.02.14
誕生日は来てしまった。
なんか後ろ向きな響きだ。
ありがたくお迎えしましょう。
昨日とても不思議な出会いを体験しました。
その方(ご夫妻)は宇宙意識や地球意識と直接つながり
いろいろなことを読み取ることが出来るのです。
きくち寛という存在についても
いろいろ教えて下さいました。
内容は自分の日記にしか記録しませんが
今まで知らなかった見えない世界との経緯について
知ることが出来ました。
これまでにも同じ様な不思議な世界を教えてくれる方に
不思議とご縁があっていろいろ教えてもらっていましたが
違った角度からの解説で癒されました。
自分が歌と関わることで成し遂げる
大きな仕事の確信を得ることが
また出来たと思いました。
感謝
土
11
2月
2012
世界中で進化している
2012.02.11
フィギアースケートの技術力は益々先鋭化し進化している
体操競技もレベルはどんどん進化している
陸上競技でも同じで記録は良くなっている
同じ人間がしていることだが
記録や技術は進化している
これって凄いことだと思うんだが
当たり前のように感じている部分もある
人類が進化をしているのだろう
時間そのものも速くなっている気がする
螺旋状に高速化している気がする
これも進化なのだろう
人間もこのままの状態を保つことはなく
次元を高めていくことになるのだろう
作る歌も進化しているかな
まだまだ歌を作ることが出来ている
声も進化しているかな
深くなることも進化だろう
金
10
2月
2012
無線LANはいつかテレパシー?
2012.02.10
無線LANはケーブルを這わせる手間もないし
どこにノートを持って行っても
使えるし
とにかくWi-Fiは便利だ
既にいつ頃からか使っていたが
初期の頃は使い勝手も悪く
セキュリティーも悪く
使えなかったが
最近のは早いし安全だしいいよな
幾つかあるディスクトップは
昔ながらのケーブルつなげてあるけれど
不便に思えて来た
アダプターをつければいいから無線にしたい
プリンターも結局はWi-Fi対応のをちょっと使いの時には
利用してしまう
USBコード付きのプリンターは時代遅れになってしまったか
4台あるプリンターの内
Wi-Fi対応は2台あって
残念ながらどちらも付録でついてきた安いプリンター
高い方のプリンターはケーブルでつなげている
逆ならいいんだが
シリアルケーブルやパラレルケーブルや
スカジーケーブルの様に
USBケーブルもそのうち無くなるのかもな
メールもなくなるかも
みんなテレパシー使えるようになったらね
金
10
2月
2012
みずがめ座の新時代は占いは当たらない
2012.02.10
もうすぐ誕生日がくるなぁ
こちらの都合に関係なく
年をとる日が
否応なしにくるのだ
みずがめ座
夜空を見ても
その存在を把握できない
昔の人々は想像力が豊かだったんだろうな
星座といえば占い
星占いだとみずがめ座か
星座占いでもいろいろ違うことが書いてあり
ラッキーグッズとかラッキーカラーとか
まあいい加減にしてくれってぐらい
適当な書き方だと思うんだが、、、
生年月日での(陰陽五行と文字の干渉も含む)占いだと
四柱推命があるけれど
ある時期から自分のは
実は当らなくなっているみたい
時間のスピードの高速化が原因か?
八卦でいうと
過去に4500年使われていた区分から
新しい3つ目の区分図(?)に移り変わっているから
みんな当らなくなって来ているはず
新しい区分の図は専門家でも知らないし
持っていないかもしれない
でもそれを使わないと的外れ
若いころ占い師の大家の家に
6年間も下宿していたことがあった
そこで見て学んだことがある
原因から結果の法則が普通だけど
結果が先にあって原因をあとから生み出すことも
この現象界ではあることを知った
この不条理は今になって腑に落ちてきている
パラレルワールド
次元の異なる別世界
目に見えない世界の存在
書きだせばきりがない
今までの常識では追いつかない時期になっているようだ
その常識も習慣から生まれたものだったら
あやふやなものだろうし
今後は唯一「愛・慈愛」の実感だけが
揺らがない底辺にあるだけの
そんな時期になろうとしている気がする
古い学問での占いはもう当らないのだろう
同じ当たるでも
中(あたる)なら調べる必要もなく
常にそこにある
ゼロに位置するのが
中(あたる)ことだと思う
ゼロは移動できる
棒磁石の片方を切り落とせば
ゼロ位置は即中心へ移動する
心や性格や習慣が変化しても
常に中(あたる)はバランス取りながら
真ん中にある
占いはバランスの取れていない状態で
カルマを測ることで成り立つ学問だから
時期が来ると
当たらなくなるように思う
人物がある時期から
中(あたる)をコントロールし始めると
過去の学問では追いつかなくなる
すでに2012年は新時代に足を踏み入れている
宇宙の要求がそこまで来ているからだろう
みずがめ座の時代になっているからだろう
木
09
2月
2012
歌の中の四つの霊(たま)
2012.02.09
あくまでも自分の歌づくりに欠かせない
ファクターとして分析すると
言霊(ことだま)
音霊(おとたま)
数霊(かずたま)
色霊(いろたま)がある
1.言霊(ことだま)として
通常はモヤっとしている感性(こころ)の霧を
すっと祓ってくれるフレーズ(言葉)がある
それを受け取って(あるいは探し出して)
2.音霊(おとたま)として
詩(言葉)に合うメロディーとリズムで
ビート感(波動&振動として感じる)を確認する
3.数霊(かずたま)として
自然なビート(4/4とか3/4とか6/8とか決まった数)の中に
収まるようにする
4.色霊(いろたま)として
歌って良し(気持ち良い)、歌いたいメッセージだと
判断出来る内容でなければもちろんダメ
信じてもらえないと思うけれど
こんな感じで出来た時に
あちらの世界に既に存在しているもの
(あちらの世界で誰かが作って送っているもの)を
うまくキャッチしたと感じている
言い換えれば
あちらにあるものを
ピースとしてキャッチし
組み合わせてジグソーパズルを完成させる
産みの苦しみのあとに喜びがある
自分に聞かせたいから
自然にしてきたことである
パフォーマンス時はこれらの要素が
バランス良く発動していると
感動として人に波及していく
特に気をつけるところは
出来上がっている楽曲なので
その現場でのビート感が重要になる
自分の波動と共振していないと
気持ちが悪い
聞く側に悪い波動の(とくに批評ばかりする癖のある)
人がいると
影響をすごく受けるものでもある
影響を受けているのは肉体を持っている自分だから
そんな時は原点に帰って
自分に戻って
ゼロになって歌うと
悪い波動の人も変化してしまう
純粋な人が多い時は
歌っている場自体が
大きなエネルギーに包み込まれるようだ
水
08
2月
2012
産みの苦しみ
2012.02.08
出来上がっていても
今回は詞の推敲で苦労している
街のイメージソングだと
直しを何度も試みることが多い
ほんの一部分のフレーズを変えると
前後も変化するから
それはそれは底なし沼のようになる
産みの苦しみっていうやつなんだ
捨てるフレーズがいっぱいあるってこと
歌の歌詞は字数も決まるしね
もう出来てるんだけど
画竜点睛とは言わないが
最後の最後にパズルが合せられるのかどうかだな
月
06
2月
2012
感謝(愛)そのものになれた時
2012.2.6
振り返ってみると
一番感動したことって
一番感謝していた時って
一番気持ちよかった時って
全部セットでやって来ていた。
幾つかあったけれど
最初の事例は自分でもびっくりしたことなんですが
昔まだ若いころ(?)
左から曲がってくるバイクと接触事故を起こしました。
バイクはこちらのバンパーを吹っ飛ばしながら
一瞬のうちに遠くまで飛ばされ
ドライバーも飛ばされました。
曲がってくる寸前にハッと気が付きましたが
遅くて接触したのです。
場所的に自分の方が悪いことは判りました。
同時にドライバーがかなり飛ばされていったので
大変な事になったと思いました。
その時に
自分がこの先どういう状況になっても受け入れる!
すべてを受け入れると決断しました。
同時に
すべてのプライドを手放しました。
運命に明け渡した感覚でした。
腹が座って「まな板の上の鯉」の感じで
道の向こう側に投げ出されたドライバーの元へ走りました。
この段階で実はとても気持ちが良かったのが不思議でした。
幸いにも意識もしっかりしていて
すぐに救急車も来て病院へ連れて行かれました。
残った自分は警察の現場検証を受けていました。
その間は不謹慎にも「何故かすごく気持ちの良い状態でした」
明け渡し状態の自分は何もない状態で
囚われも心配もない状態で
ただただ気持ちが良くって
「最後にはこんな風に全てを手放せる自分なんだ」
「やっと解った」
「何も心配いらないんだ」
「生きていることはこんな幸せな気持ちが共に在ったんだ」
「いのちは創造主(この時はただ時空全てと思った)の
愛の中で存在だけしているんだ」
そうこうしているうちに
病院からはドライバーはなんと歩いて現場に帰って来ました。
人身事故のはずが物損事故扱いにもなりました。
大変な事故を起こしながら
自分のこころは静かで穏やかで感動していました。
それらがまるごと気持ちよかったことを
覚えています。
何週間も気持ちが良くって
満員電車の中でも気持ち良くって
何をしても
感謝していて
感動している自分に
その時、初めて出会いました。
それ以来
自分は死ぬ時には
全て手放せるなと思えています。
放棄(Surrender)することが出来るって思えています。
このある種とても強烈な経験をしてから
生きていることは
何も心配なんか無くて
もし心配や恐れや恐怖があるとしたら
こころや頭が何かに囚われているからで
囚われを手放したら
本来「いのち」そのものは
存在しているだけで
幸せ状態なんだと
思えるようになりました。
感謝は気持ちが良い感動と共に沸き上がり
セットで存在してきます。
その存在に気がつけば益々感謝です。
永久モーターです。
きくち寛作詞作曲作品「天も地も」から
握り締めていたものを 軽く手放せた時に
すがすがしくて気持ちが良くて 見るものすべてが輝いた
傷ついて失うものなどは、何も無いと気づいた時に
初めて人は優しくなれる 本当の自分がそこにある
愛すること許し合うこと 与えきること受け止めること
命はいつも私の中で 歌っていてくれたじゃないか・・・
土
04
2月
2012
フェアトレード
2012.2.4
2/3の早朝の夢で何度も「フェアトレード」という言葉が
繰り返されていた。
どういう意味があるのだろう。
発展途上国の安い賃金で
コーヒー豆を安く仕入れるやり方を
是正しようとして「フェアトレード」の言葉が
有名になったと記憶しているが、
これからの世界を考えた時に
分かち合いのような、与え合いのような、
もっと深い意味があると思える。
今後は世界の経済は過去のような発展は見込めない。
「フェアトレード」の精神で
見ていく時期になったのだと思う。
土
04
2月
2012
取り組んでいた別の歌が完成
2012.2.4
取り組んでいたもう一つの歌が出来た。
どちらも定まったテーマがあって
それに合わせて進行してゆく歌なので
何度も作り替えて進めた結果
やっと完成かな。
お疲れ様。
金
03
2月
2012
冬の星座
2012.2.3
ここ数日は中部地区でも少し雪が降りました。
その影響で夜空は澄み渡っている感じです。
星もいつもより沢山見えます。
UFOは見た事無いので
こんなにキレイな夜空なので
見てみたいですね。
木
02
2月
2012
取り組んでいた歌がひとつ完成したかな
2012.2.2
数日来、取り組んできてた、
東北の一都市のイメージソングが
自分としては再考を重ねて
やっと完成した。
もう一曲、創り上げないとな。
出来そうだな。
水
01
2月
2012
良心の呵責
2012.2.1
非通知の電話番号でかかってきた電話に出ると
相手は若者で、ひと言声を聴かせると、すぐさま切れた。
ピンと来た!
振り込め詐欺が相も変わらず行われているので
非通知はほとんどがそんな類いの電話かと思う。
若者がアルバイト感覚で
振り込め詐欺の電話係をしているようだ。
良心の呵責を持ち合わせていないようだ。
いつ頃からこんな日本になってしまったのか?
若い頃は正義感に燃えていたものなんだが
今の時代は犯罪に平常心で関わっている者が多いようだ。
学校生活の中でも自分だけ良ければいいというような
和を重んじない教育がなされているのかもしれない。
家庭の中は見せない心の姿勢で育っている若者が多いのか。
「悪いことをするより、良いことをする方が
勇気のいる時代になってしまった」
日本の心は「恥の文化」から育まれてきた良心であった。
今、それが消えかけている。
このままでは
「愛」も「慈しみ」も「和」も「信」も「義」も
「仁」も知らずに育ってしまう子供が増える。
少なくとも
「良心の呵責」を感じられる人間でいて欲しい。
もともと持って生まれてきている心なんだから。
火
31
1月
2012
2/25貴船ライブの予約
2012.1.31
好評の貴船ライブ2月25日のチケットを
40名から45名限定に増やしましたが
SOLD OUTになりました。
今回も特別な空間での
エネルギーに満ちたライブになりそうです。
日
29
1月
2012
2012.1/28貴船でのライブ報告
2012.1.29
昨日1/28(sat)は愛知県犬山市の木曽川沿いにある
珈琲工房「貴船」で新春ライブがありました。
満員御礼状態で18:30から20:30までの
エネルギッシュなライブでした。
この日は会場全体が特別なエネルギーで
満たされていたようで2時間があっという間でした。
ケーキセットのシフォンケーキも美味しく
珈琲も美味しくて
みなさん大満足でお帰りになられました。
新婚さんへのサプライズもあり
会場全体での祝福は人の心の温かさを味わえました。
ありがとうございます。
この日のメニュー
1. 道の人
2. 宛名のない手紙
3. 貴船川
4. 直指庵
5. アンパンマンのマーチ
6. 地球の詩
7. 飯綱高原にて
8. Operation大丈夫
9. LaLaLa
-----------10休憩----------
1. 花手毬
2. 冬の桜
3. 風のオルゴール
4. 天も地も
5. ひとりはみんなのために
6. 魂歌巡礼の旅
7. ボヘミアン
----------アンコール-------
8. 届いたみかん(リクエスト)
9. 家族の絆
10. 星とラベンダーと君
来月は2/25(sat)に行います。
金
27
1月
2012
サボテンからの想い
その時の直径30Cmぐらいのサボテン
2012.1.27
今朝はほんの少し雪が積もっていた。
雪国とは比べものにはならないから
雪が積もったなんていえないような気もする。
それでも
こんなに寒いと虫たちや鳥たちや植物や生き物たちが
どんな気持ちでいるのだろうなんて
(昔)よく考えたりしていた。
先日、近くにある花木センターに寄った時
ランや温かなところを好む植物が
広い温室の中に多数置かれていて
入った時に何故か心の耳に集中してみた。
おかしな話かと思うだろうが
会うべき縁を探ってみたら
奥の方に誘われて
直径30Cmの大きなサボテンのところで足が止まりました。
サボテンに集中してみるが、
もう一つハッキリしなかったので
そっと手のひらでサボテンの針に触れてみた。
ああ、そうだったんだ、こうすると直接伝わってくるんだ。
「私たちは命を与えられ、、、
遠い昔から生きていて、、、
平穏で穏やかに生き、、、続けて、、、
そのことを、、、、
喜びとして、、、
私たちの種族も、、、
この地球の一員として、、、
幸せにしています、、、」
こんな内容のことを
瞬時に<スローモーションのようでもあるが>感じました。
言葉を使う会話では無いので
<そうだったんだ>って感じで
サボテンの想いが伝わって来ました。
遠い昔から生き続けているサボテン属の集合意識が
地球に感謝していると私に伝えるために
目の前に足を運ばせたのかな。
水
25
1月
2012
地球の美しい画像メッセージ
2012.1.25
こんなに美しい地球を
実際に直接見ることが出来たら
人生観も変わると思う
今の時代だから見ることの出来る
外からの地球
人類のほんの一部の選ばれた人間しか
実際には見ることが出来ないけれど
写真で多くの人が目にしている
そして感じるものがメッセージ
何度も繰り返し送られて来るメッセージ
大切にしたい
火
24
1月
2012
太陽から磁気嵐
2012.1.24
22日頃から太陽の大規模なコロナガス噴出で
太陽が怒っている?ような感じかな。
その影響で磁気嵐が地球を襲って来る。
通信機器などへの影響があるが
人間の肉体にも精神にも
なんらかの影響が出るかも、
変な事件がこのあと起きませんように!
火
24
1月
2012
荒野に立ちて、なお凛として
2012.1.24
<今朝のvision----愛おしく見守っている>
生き方は人それぞれだが
集団になることでひとつの集合意識が生まれる
常識はそこから生まれる
既成概念として定着する
このことが
人によっては荒野にいるごとき辛さを味わうことになる
自分が一番好きと云うような性格の人には
どうってこと無い荒野だが
(その分、魂が待ちきれず、身体を痛めるかもしれない)
繊細な感性を持っている人でなおかつ
内向きな人には荒野は辛い
得てして世間は声の大きい人や
自分中心の考えを持ってる人が
集合意識を色付けてあらぬ方向へ導いてしまう
3次元で肉体を持って生まれ
地球という唯一の修行の場が
荒野の如き場になり
孤独感を持っている人々が多くいる
それでも、幸運にも
解り合える同じ軸を持つ人(魂)とめぐり合い
助けあって生きる人も多い
果てしなく続くような荒野が見えるけれど
「心配しなくても良い」というイメージが湧いてくる
全てを観ている存在がある
二人の全てを観ている存在がある
愛おしく見守っている
荒野に立ちて、なお凛として
地球上でいろんなことを学んで
遠い記憶の言葉を自分の言葉にする日が来る
信じたら未来は輝いて待っていてくれる
<今朝のvision----愛おしく見守っている>
月
23
1月
2012
実は、観る者が観られる者
2012.1.23(1997.11.4の古いきくち寛のエッセイから)
心を見せられる経験について
こんな経験をしたことがあります。
パリのオランジユリー美術館の
モネの睡蓮の絵なのですが、
幸運にも一年毎に三回見ることが出来ました。
同じ場所、同じ絵なわけですが、
毎回違った感じ方をしました。
言い方を変えれば、
毎回違った評価をしている心に出会いました。
地下の2部屋に弓型に曲がった壁一面に
シネスコの様に展示されている大作「睡蓮」を前にして
「観る者が観られる者」であることを教えられました。
一年目は旅行に同行した他の人から
「すごく感動したよ」と聴かされて
どんなに感動できるだろうとわくわくして出かけました。
ところが途中市内でショッピングをした時に
とても嫌な思いをしてしまい、
なおかつ予期せぬ雨になり
重い心でオランジユリー美術館に入りました。
その嫌な思いを引きずっていた心で
モネの大作「睡蓮」を前にした私は、
何一つ感動できませんでした。
地下の2部屋にまたがった「睡蓮」の大きさは
圧倒するモノがありましたが、
感動できない自分の心模様が気になって
余計に疲れてしまいました。
二年目は前回の汚名挽回とばかりに
晴れ晴れとした心で
「睡蓮」の圧倒的な芸術性に触れました。
細かい粒子の様なものを
体全体に浴びているような感覚があり、
一時間以上その部屋にいました。
三年目は前回前々回の感じ方の違いを
記憶にとどめていました。
入り口で指定された手荷物を預けて入館したのですが、
部屋の前でさらに手に持っていた袋を注意されました。
預けるところで「それはいいですよ」と
言われていたのにもう一度戻り混み合った受付に
預けなくてはなりませんでした。
そんなこんなで、日本晴れではない心で見ました。
去年の感動はかすかになり、
同じ感覚はやってきませんでした。
それでも一回目の様なことはなく、
「睡蓮」を前にしてソファーにすわっていました。
自分の心を観ているんだなとつくずく教えられました。
相手が同じ絵だから変化はしていないわけです。
見ている自分の心の反映を観ているだけなのです。
まさしく、
観る者が観られる者であると体験させられたわけです。
悟った者と凡夫とでは
同じ世界でも観ているものが違っているんですね。
今の世界を創り続けているのは
人の心なんです。
日
22
1月
2012
Vol.2 大阪ライブ
日
22
1月
2012
地球の声
2012.1.22
自分の作品に「地球の詩」があります。
漆黒の虚空に浮かぶ青く輝く地球のことを歌った詩です。
母なる大地と海は絶妙なバランスの上に存在している。
むろん宇宙そのものが絶妙な理(ことわり)の中で
運行されている。
植物も微生物も魚も人間も生きとし生けるもの
鉱物に至るまで全てに貫いている力がある。
どれひとつとして
その創造主のエネルギーの中で存在せぬものは無い。
地球には地球の魂が存在し
その管轄下で私たちを慈しんでくれている。
そのことを忘れているのか
考えも及ばないのか
人間は環境を破壊し続け殺戮を繰り返し
地球を痛め続けている。
海洋深層水は大切な地球の浄化システム。
体内を巡り続ける血と同じ役目。
気がついて欲しい。
それが汲み取られ続けている。
殺戮
これは人間同士の戦争だけではない。
家畜と称して一日にどれだけの命が殺されているのか
人間の多くは知ろうとしない。
自分の口に入る動物たちの命をモノとしてしか感じない。
全宇宙で毎日これほど殺生が繰り返される星は
他にあるのだろうか。
鯨やイルカを殺さないでと訴える国の国民が
豚や牛や鳥を毎日殺し続けて食べている。
自分で殺さなくても間接的に殺している。
地球は泣いている。
(太陽は怒っている)
(月は長く悲しみに染められてしずんでいる)
(星は時期の到来を待っている)
その思いが聞こえる気がする。
私は長いこと完全菜食をしている。
子供の頃
学校の給食に出た肉を
苦労して飲み込んでいる友だちを見た。
命を頂くんだから「いただきます」って
感謝するんですよと
偽りの言葉をもっともらしく教えられた。
食糧危機が叫ばれている。
収穫される穀物の多くは
家畜の飼料に消えている。
地球温暖化
大きな原因に砂漠化がある。
アマゾンの森林が少なくなっている。
家畜を飼うための土地を広げるために砂漠化する。
家畜の糞尿は地下水へ入り込む。
汚染された土地は木が再生しない。
だから伐採され続ける。
雨の降らない悪循環が
遠い場所の砂漠化を誘発する。
遺伝子操作されたものを食すると
もともと無い情報を取り込んで脳が混乱する。
対応が出来なくなり異常が起こる。
家畜を早く商品にするために成長ホルモンを与える。
鶏の餌にも抗生物質
養殖の魚にも抗生物質
食すれば、それらがダイオキシン等の
環境ホルモンとなり海洋に溢れる。
魚を食する日本人の母親の母乳は
ダイオキシンが世界一多い。
成長ホルモンは子供を蝕んできた。
母なる地球の浄化するシステムが
壊れかけているので生きとし生けるもの全てが
狂い始めてしまった。
「飯綱高原にて」の歌にも書いたが
プラス・マイナスを行き交うだけの人間は
損得に振り回されて大切なゼロの理(ことわり)を
見つけ出せないでいる。
ゼロ位置に立ち続けることが大切
損や得では測れない立ち位置がある。
日本はそのゼロ位置を自然の中に見出して来た民族だった。
そのゼロの存在を静かに見せてくれる日本の自然。
四季があり、雨が降り、水は豊かだった。
ゼロは「無」ではなく
満ちあふれていた。
人も同じ様にゼロを持っていた。
時にマイナス領域にいても
ゼロに戻れば良かった。
中学生の時に習った数学で
x.y.zの図がある。
横に書かれたx軸にプラスとマイナス
縦に書かれたy軸にプラスとマイナス
交差するゼロ地点を通り前後にz軸を書き
やはりプラスとマイナス
これを心の図だと思えば分かりやすい。
心がマイナス状態が続く時は
図のどの領域にいるのか。
マイナスの状況からプラスになろうとして
どんなにもがいても
いきなりプラス領域には行きづらい。
ゼロ位置にいると
プラス領域に入りやすい。
心がマイナスな時はプラスに行こうとしないで
一度ゼロになってみればいい。
一度手放せばいい。
今いる領域でゼロ軸をたてればいい。
明け渡せばいい。
欲があるからマイナス感じるのだから
怒りも愚痴も出てくるんだから
一度元の欲を手放せばいい。
ゼロになってみればいい。
そしてプラス領域に足を伸ばせばいい。
プラス領域にいても必ずゼロ位置に戻ること。
これも忘れないで、欲深くなるから。
心を深くして手放すことがゼロにいるポイント。
日本は過去にゼロを生きる経験を積んだ魂の集団。
ムーの時代だったのか、
もっともっと前だったのだろう
天(創造主)と一体になっていたのだろう。
DNAの中にその記憶を秘めている。
既にそのDNAにスイッチが入ったものもいる。
世界が生きる術を見失った時に
魁(さきがけ)となって世界を導く役目があると感じる。
母なる地球は現在の大陸の姿を全て日本の姿に表わしている。
北海道・本州・四国・九州・島々の姿に表わしている。
****イメージとして****
深く深くなれ、
損と得に振り回されるな、
忘れている記憶を言葉にせよ、
地球の慈しみの言葉を自分の言葉にせよ、
あなた方のごく一部の人に
宇宙から観る地球の美しさを体験させてきました。
それは、あなた方に同じ様に感じて欲しかったからです。
その写真は既にあなたにも見せてあります。
私の姿を見せてあります。
思い出してください。
************
漆黒の虚空に浮かぶ
青く白い地球に抱(いだ)かれていることを。
そのことを映像としてイメージしなさいと
幾度も言われているように感じてしかたがない。
「地球の詩」のエピローグ
2012.1.22 きくち寛
木
19
1月
2012
海外プレス工場は旧正月でお休み
2012.1.19
台湾のプレス工場は旧正月で休みになるので
プレスが間に合わないので困った、、。
旧正月は日本的な言い方で
中国では春節と言うそうです。
日本の正月休みになるそうです。
てなわけで「天も地も」の再版で
プレスは間に合わないので
CD-Rでウォータープルーフ仕様の
高級感溢れる?CDにする。
ジャケットデザインもバッチリ!出来た。
1/28貴船でのライブには間に合せられる。
日本ではインフルエンザも流行っているらしいので
外に出る時は息をしないようにしなくては!
無理だけど、、。
明日は大阪だけど
なぜか予約者がすごく少ない、、。
最近ではめずらしく少人数のライブになる。
人数少ないから「きくち寛」には
何か別のお役目?があるのでしょう。
表ジャケット
インレイ
火
10
1月
2012
山本五十六
2012 1.10
今年はじめての映画鑑賞(言い方が古いかも;)で
「山本五十六」を選びました。
真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争。
70年経った今、当時のことを詳しく知ることも
ままならない状況で、なぜ愚かな戦争に至ったかなど
大まかではあるけれど知ることが出来るのは
最近ではこの映画だと思います。
しかし短い時間で伝えるのは無理があり
さわりだけのような物足りなさはある。
もともと山本五十六連合艦隊司令長官のことは
戦争を回避させたいと思っていたトップの
海軍の軍人であることや
真珠湾攻撃の作戦後の和平交渉などの計画や
最後に一式陸攻で移動中に撃ち落されたことなど
我々の年代だと知っている者も多いと思う。
映画からは開戦前の軍部官僚の暴走や
大衆を扇動するマスコミの愚かさや
戦争景気を期待する民衆の多かったことなど
見ていてその愚かさに胸が苦しくなる。
戦地で命を落してゆく若者のことや
全体を見ないで精神論だけで泥沼から
抜け出せない軍部の姿など
なぞるように展開していく。
ハッピーエンドとは程遠いノンフィクションなので
胸を締め付ける虚しさが見終わっても残ってしまった。
しかしあの狂った時代が在ったことを
日本人は風化させては絶対いけない。
若い人にこそ観て欲しい映画だが
観客は年配ばかりだった。
胸のつかえが取れないまま映画館をあとにした。
金
06
1月
2012
不思議な縁
2012.01.06
今日は不思議なご縁を感じる一日でした。
見えない世界の摩訶不思議な体験を
人に話すことはなかなか難しいもので
理解できる人にしか伝えられないもどかしさを
いつも感じてここまで来たんだと思います。
最近はそれでも分かり合える人ともご縁が多くなり
時期が来たのかなとも思っています。
自分の歌の出来方についても不思議で
歌っている時の不思議さも実は話すことを
ためらっていました。
瞬時に解ってくれる人との出会いは
感謝と歓喜で満ち溢れます。
今日はそんな一日でした。
月
02
1月
2012
大吉
都井岬の野生の馬
2012.1.2.
新年あけましておめどうございます。
昨年はいろいろお世話になり
ありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
元旦は南九州を約450Kmも走りました。
霧島神宮へ初詣をしておみくじは大吉!
大吉は人生始まって以来の快挙です。
出たことが無かったから幸先良し!
龍神様のいると言われる都井岬へ走り
野生の馬たちを間近で見てきました。
馬たちがどんどん近づいて来て
触ってくれと言わんばかり!
馬に人気が出る予感!
その後は一路桜島を目指して走りました。
噴火の影響で白く霞んでいる感じ。
走っていると細かい火山灰のようなものが
まとわりついてくる感じ。
桜島へは入らずに垂水にある温泉を目指して
17:00に着いたんですが元旦は17:00に終了でした。
ギャフン!
でもって鹿児島空港近くの温泉へ
帰宅した時間は21:00でしたから
13時間に及ぶ初詣ツアーでした。
今日は出水にある苺屋さんへ行きました。
メチャクチャおいしい苺です。
真心で作っている苺で苺屋さんのファンになりました。
今日は井戸水を薪で沸かして風呂に入ります。
去年は雪が元旦から凄かったけれど
今年は穏やかです。
車も洗車してこようと思ってます。
頑張っている車に感謝を込めて!
金
30
12月
2011
紫尾温泉
2011.12.29
鹿児島県薩摩郡さつま町にある「紫尾温泉」に行って来た。
九州に帰ると毎回行く温泉です。
紫尾神社の拝殿の下から湧き出る神の湯です。
ひなびた感じの温泉で共同湯で地域以外は¥200で入れます。
アルカリ度が高いからかツルツルの湯ですね。
イオウの匂いもして温泉らしい純粋な温泉です。m(?_?)m
建て替える前は3段階の熱さが味わえたけれど
今はムチャクチャ熱く感じないのが物足りないけどね。。。
今だに、この温泉はきくち寛の一番のオススメ温泉です。
紫尾神社の拝殿の下から湧く
紫尾温泉共同湯男性風呂webから転用
月
26
12月
2011
2011.12.25.風季の陶クリスマスライブ
2011.12.25
熊本県水俣市の大草原の小さな家のような
「風季の陶」での恒例のクリスマスライブが
昨夜ありました。
毎回楽しみにして来てくださる方々と
今回は初めての方々とで
大盛況で満席になり
2時間半のライブになりました。
寒かったので雪が降るホワイトクリスマスかと
ちょっと期待しましたが降りませんでしたよ。
でも雪が降ると坂道を車が上がってくることが難しいので
これでよかったと安堵しました。
ライブ終了後は風季の陶さんから
大きなクリスマスケーキが皆さんにプレゼント
とてもおいしいケーキです。
集まってくださった皆さんが
新年を希望と共に迎えてくださるような
充実のひとときを実現出来良かったと
心底思ったライブでした。
これはライブに来て体験しないと感じられない心境です。
土
24
12月
2011
長かったな929km
名古屋から九州水俣まで929Kmをひとりで走破しました。
今回はフェリーに乗り遅れたからではありません!
実は以前にそんなことがあったよね。
あの時は焦ったよ。
今回は子猫を乗せているのでフェリーは使わずに
陸を移動したんです。
途中キャンパーなのでSAで車中泊して
ゆっくり移動したけど、
長かった!
途中、山陽道も九州自動車道も
ところどころ雪が舞ってました。
冬タイヤ履いてるから安心でした。
さて明日は風季の陶でのクリスマスライブです。
ホワイトクリスマスかな?
水
21
12月
2011
カーステレオの音
2012.12.21
レジアスキャンパーのカーステレオのスピーカーを
純正だとちょっと頼りなかったので
先日、市販のものに変えました。
エージング(馴らし)がまだなので
これから音が馴染んでくるとは思うけれど
音の感じはイマイチかな?
ちょっと期待はずれ。
長年使っていたHONDAのカーステレオで
自分でMixした音を聴いて安心することが何度もあった。
でも聞きなれた車での音を
別の車で聞くと違いが出てしまう。
両方共カーステレオの音の設定はフラットなのに
音の感じがまるっきり違う。
スピーカーの埋まっているドアが
スピーカーボックスのバッフル役になるのだが、
ドアの大きさや素材や
スピーカーと耳との距離など
条件が違うので当たり前なんだが。
それでも
HONDAとTOYOTAのそれぞれで
FMで流れてくる音の感じは
バランスや音質など
あまり違いがなく聞こえるので
自分の録音したCD音源を聞いた時
音の違いを感じると
自分のMixの未熟さを感じてしまいます。
ちなみにTOYOTAのレジアスエースキャンパーに
付いている純正スピーカーのマグネットは
小さくて工作用の磁石みたいでした。
ちゃっちいスピーカーでもバッフルになる扉は
内張りが鉄板なのでヨシとしているらしい。
これも企業努力。
そのスピーカーは破棄しました。
HONDAの純正スピーカーの方が
自分では好きな音に思えるな。
レジアスキャンパーは
車体が基本的に貨物車なので
リアスピーカーは付いていない。
線はリアまで来ているらしいが、、
SPが無いし、キャンピング仕様で内装に囲われて
場所が判らない。
自分で据え置き型のスピーカーを
取り付けることにしました。
自分でするってのはかなり冒険だが
少しでも音を良くしたい!
うまく出来ますように!
でもって、
自分で初めてなんですが、
運転席のパネルを外し、
純正ナビを外しました。
ところが
裏を見てもどれに繋げたらいいのか
判らない、、
でもってディーラーに相談に行ったら
とりあってくれませんでした。
えええ〜〜このままパネル外したまま
九州へ走るの?
カッコ悪いじゃん。
でもって、
知り合いの自動車整備の方に相談して
やり方を教えてもらい、
無事に音も出ました!
確かにフロントとリア両方で音が出ると
ずいぶん聴きやすくなった!
やった!
金
16
12月
2011
マスター用のCD-R
2011.12.16
今日はCD-Rについて書きますね。
それもマスター用の高級品?と言っても
値段はしれている、、、が
馬鹿にできないのが音質というか
再生時に感じる確かさなんです。
CDプレス時にメーカーに渡すマスターCD-Rは
業界では太陽誘電のCD-R for masterを使うのです。
同じ太陽誘電製でも一般用に出ているCD-Rと聞き比べると
確かに違いが出ますね。
一般用だと2倍速で焼くと焼きすぎて音に支障が出るので
せいぜい16倍で焼いた方が良いのです。
でもCD-R for masterは2倍速で焼いても問題なし。
むろん焼くライターが2倍で焼けるかどうかが問題ですが。
最近のはDVDライターで焼く人ばかりなので
余計にまずいよね。
昔ながらCD-R専用のライターで焼かないと意味ないのだ。
このあたりをクリアーしてでの話ですが、、、。
ちなみに私はCD-R専用の
PLEX WRITER PremiumⅡで焼いています。
さすがにCD-R for masterで焼いた音は密度が濃いというか
欠落されたデーターが少ないように感じますよ。
これを感じるかどうかは長年の経験が無いと
無理なのかもしれない。
自分の脳がハッキリと感じるので
測定値の問題ではないようです。
興味ない人にはナンジャこれ?
でした。m(._.)m
火
06
12月
2011
12/3FMと12/4直指庵と音やライブの報告
スタジオで開始前に
12/3の土曜日はFM京都αステーションにて
番組名YUME.COM(21:00~23:00の生放送)
DJシンガーソングライター佐々木清次さんの番組で
ゲスト出演してきました。
貴船川がBGM出流れる中インタビューを受けました。
リスナーの方からのリクエストメールもかなりあり
びっくりでしたよ。
最後は「Operation大丈夫」が流れて
トータル10分間の出番でした。
有難うございました!
直指庵の竹垣の小道
12/4は嵐山の「音や」のライブの日です。
夕方からなので京都を散策しました。
直指庵に行って来ましたよ。
時期的にどこもかしこも観光客も多くて
道が狭いところばかりですね。
竹の蓋に綺麗な落ち葉が
庭
直指庵の庭は綺麗でした。
良い感じ
この時期だけは人はたくさん来ますよって
車を止めたお食事処のおばあさんが言ってました。
細雪の直指庵の歌を書いてあるので
やはり人も少ないんだと思いました。
直指庵はCD「名もなき星よ」に収録してあります。
音やでのディナーライブ
「ライブレストラン音や」
17:00オープンで18:00からのライブでした。
音や風景
遠く九州からも北海道からも来て下さり
感謝感激!
尺八の田辺誠井知さんもサポートで参加してくれました。
とてもいい音を聞かせてくれました。
「飯綱高原にて」
「花手毬」
「おわら風の盆」
「一ツ星」
「家族の絆」で尺八とコラボ
途中休憩を10分挟んで30人の皆さんが
約2時間20分のライブに浸ってくれました。
新しいCD「きくち寛・全集Part7」も
皆さんお買い求め頂きました。
帰りはキャンパーで名神を走り
途中眠くて養老SAで朝3時まで寝て
帰宅しました。
今回は京都で昔なじみのスジャータさんが始めた
ベジタリアンレストランの「あーす食堂」で
FMに入る前に食事をしました。
これからはちょくちょく行こうと思います。
場所は百万遍交差点の近くで
京都市左京区田中門前町96-2
「あーす食堂」です。
tel:075-721-0789
土
03
12月
2011
FM京都αステーション
2011.12/3
今日は京都へ向かいます。
21:00からのFMでのゲスト出演だ。
今夜は30年以上前に知り合った方のお店で
ベジタリアンフードをいただく予定だ。
明日は嵐山の「ライブレストラン音や」で
ライブをします。
音やさんのベジプレートが楽しみだ!
リクエストが届いている。
「雨のクリスマス」
「君がこの都会を離れても」
「ホノルルの風」
「魂歌巡礼の旅」
「星とラベンダーと君」
「風のオルゴール」
今回は遠く九州からも来てくださいます。
月
28
11月
2011
大阪でのPTA講演会
2011年11月26日
大阪の保育園にてご父兄PTA向けの
講演コンサートをして来ました。
朝早くからの移動でした。
まだ星がまたたいていました。
11:00からの1時間30分の内容で
歌と心の相談員としての経験の話と
20日間の東北被災地でのボランティア活動の話を
して来ました。
唄った楽曲
1.宛名のない手紙
2.Operation大丈夫
3.花手毬
4.貴船川
5.LaLaLa
6.彩日
7.家族の絆
皆さんそれぞれに感ずる所があったとのことで
園長先生が一番感動しましたと挨拶されていました。
やはり可能であれば全国各地で
お伝えしたい話や歌をと
改めて意を深めました。
火
22
11月
2011
東北と東京の短い日数での長旅
11/17に愛知県を車で出発!
宮城県の塩釜市まで約730Kmの長距離運転!
あああ〜〜長い長い道のりでした。
11/18は朝から塩釜市の幼稚園で歌うことになるので
8:30に入って機材をセットして11:15から本番
園児たちに歌うのは初めてに近い経験で
「アンパンマンのマーチ」を練習して行きましたよ。
意外や意外!園児たちもちゃんと聞いてくれました。
30分の時間が過ぎた所で園児は退出して
今度はお母さんに向けての 講演会になるんだけど
なんと年長さんの園児たちが聞きたいとのことで
一番前の席に座って1時間ぐらいの後半部を致しました。
年長さんもみんなじっと歌と話を聞いてました。
帰りはその年長さんたちが
手を振っていつまでもお見送りしてくれていました。
次の日の19日は多賀城市のホテルで復興支援のコンサート
被災された方も多く140人がご招待で集まってのコンサートです。
皆さん感動してくれました。
前もって多賀城の震災時の津波の映像などを
DVDで見ていましたので市内を車で走る時に
ここも津波で大変だったんだと改めて思いました。
約2時間近くの内容でCDも沢山売れました。
復興支援とはいえ、ボランティア活動には
有り難かったです。
次の朝は早くに起きて今度は東京へ!
途中茨城県で震度5強の地震がありました!
丁度東北道のPAで車で横になっている時でしたが
揺れましたね!
ゆれて目が覚めました。
東京のガソリンアレイは古くて35年の歴史があり
マスターが頑張っているんですが
スタッフの不足なども重なり
今回は大変そうでした。
CD発売の日なので来てくれた方々には
サインをしながらいち早くお渡し出来ました。
ドラゴンズが日本シリーズ最終戦で負けてしまい、
ライブの最中は知ることが出来ずに
携帯のニュースで知ったんですが
帰りの車の中で悔しかったですね。
というような長くて短いあっという間の長距離の移動!
おつかれモード全開のその後です。
水
09
11月
2011
小学生からの手紙
先日親子ふれあいコンサートで行った小学校の
子供たちの手紙を昨日受け取りました。
全校生徒15名のある意味すごく恵まれた環境で
一人ひとりの存在がとても大きく
豊かな心を育んでいる学校です。
へき地じゃないその場所は木曽川沿いの
とても環境の良いところです。
縄文時代の土器が畑から出てくるそうです。
学校の畑で出来た里芋とさつまいもを沢山いただきました。
縄文土器と一緒に育った里芋たちですね。
手書きの文字が温かい手紙を読んで
嬉しくなりました。
みんなの顔が浮かんできます。
花手毬と宛名のない手紙と
Operation大丈夫が人気でした。
学芸会でOperation大丈夫を歌うそうです。
そのカラオケを先日旅から戻ってから急いで作って
送りました。
なんだかこのブログの文章も
小学生っぽくなっているように思えます。
ま〜〜いいか。
水
09
11月
2011
チラシ制作
今後のライブのチラシを何種類も制作した。
なれていない仕事は肩がこってきます。
全国にある道の駅でキャンピングカーを使い
野外コンサートをしている62才の作曲家がいると
新聞に紹介されていた。
そうだよな!
そこでCDを売りながらミニライブをしていくのもいいかも!
水
02
11月
2011
Operation 大丈夫
ライブ録音「Operation大丈夫」
この歌は子供たちが一度聞くと
サビのメロディーを口ずさんでくれます。
中尊寺で出会った大勢の中学生も
先日の小学生たちも
この曲を一瞬のうちに覚えてくれて
一緒に口ずさんでくれます。
先日の鳥取の講演会でもアンコールで
この「Operation大丈夫」をと思った先生方もいました。
避難所で歌を聞いてくれなかった若いお父さんも
この曲を聞いて初めて拍手をしてくれたこともありました。
この曲は今の日本人が一番感じていて
言葉に出来なかった思いを代弁しているように思います。
日本中で聞かれるようになることを希望してます。
右のメニューの
歌の焚き火のページにmp3ファイルが
幾つかあります。
火
01
11月
2011
松山でのコンサート
フラワーダイニング樹庭にて
10月28日に四国へ移動開始して
29日に松山でフラワーダイニング樹庭を使っての
貸切のコンサートがありました。
話を交えて約2時間の内容でした。
1.宛名のない手紙
2.飯綱高原にて
3.龍華樹
4.Operation大丈夫
5.LaLaLa
6.道の人
7.花手毬
8.地球の詩
9.火の鳥
10.天も地も
11.天国は春ですか?
12.家族の絆
-----AC-----
リクエストで
1.シルクの月
2.貴船川
3.冬の桜
4.TOKYO GOLDEN RIVER
次の日は松山城に登りました。
道後温泉本館(千と千尋の湯婆婆の湯屋のモデル)にも
行きましたが
時間の関係で残念ながら入浴はせずに
四国を離れる事になりました。
行きは、明石大橋、帰りは、しまなみ海道を使いました。
久しぶりの松山でした。
17年振りに知り合いの方とも会えましたし、
家族でキャンパーを使ってのツアーは楽しかったです。
水
26
10月
2011
犬山と鳥取での教育講演コンサート
犬山の小学校体育館
鳥取とりぎんホール
母と女教師の会講演コンサート
2011年10月22日は犬山市の小学校で
親子ふれあいコンサートをして来ました。
全校児童15名というきわめて児童数の少ない小学校でした。
ある意味とても恵まれている環境で授業も家庭教師のような
少数精鋭な学校ですよね。
もしもう一度小学生になれるなら?
ここに通いたいかもしれません。
学校紹介?はこのぐらいにして
当日は朝早くから入って準備をし
約1時間のコンサートでした。
児童15名と親たちと先生と地元の方々が
体育館で聞いてくれました。
東日本大震災の被災地を2週間まわり
避難所や仮設住宅でのボランティアコンサートでの話や
心の相談員の経験の話などを混ぜながら
最後は児童と共に歌って来ました。
1.花手毬
2.宛名のない手紙
3.Operation大丈夫
4.LaLaLa
5.彩日
6.家族の絆
7.星とラベンダーと君
みなさん喜んでくださいましたよ。
その後直ぐに今度は鳥取市まで車を走らせました。
15:00に名神に入り21:00に鳥取のホテルに到着でした。
途中大雨で鳥取道に入る頃には夜空を真っ白にするほどの
雷も鳴り続けました。
無事に到着して次の朝はわりとゆっくりでしたが
12:00に会場の「とりぎん文化会館」に入りました。
14:00からの講演会で
主催は鳥取教職員組合の「母と女教師の会」です。
演題「生まれてきたことだけで100点満点」
被災地でのいろいろな体験談や
心の相談員での体験談や
学校の授業に入った時の話や
いのちの話や
大丈夫の言葉や
こころの故郷の話や
ロウソクの炎の話など
合計1時間30分の歌を交えた講演会でした。
大変に好評でいろいろな学校へ来て欲しいですと
各地から集まった先生方から要望をいただきました。
1.ひとりはみんなのために
2.Operation大丈夫
3.LaLaLa
4.15の命
5.彩日
6.家族の絆
7.星とラベンダーと君
無事に終了して今度は名古屋へ向かいました。
さすがに帰りは途中で休憩をしながらの帰路になりました。
中国道でひととき眠り、名神に入ってから本格的に
車中泊しました。
こんな時キャンパーは有り難いですね。
足をゆったり伸して寝ることができます。
起きたのは9:00を回っていましたから
かなりゆっくり休息を取りました。
携帯の充電器を忘れて動いていましたから
途中で乾電池で充電できるものを買いましたが
電池の消耗が早くて幾つも追加しましたね。
こんなところまで電気に縛られているんですね。
今週の金曜日からは3日間、愛媛県松山市です。
出来れば猫の「なでしこ」と
「ふう」を連れていきたいな〜〜
月
03
10月
2011
2011.10.02小牧猪突カフェでのライブ
2011.10/2小牧市の猪突カフェにて
2回目のプライベートライブをしました。
前回は6月でした。
今回は小牧市の市議の選挙とか
それぞれのイベントとかが重なり
楽しみにしていた方々が来れなくなったとのこと
それでも1部は25席の満席になり2部も
4席が空いただけでした。
格安のライブですが中身は充実させてお送りしていますよ。
基本的に毎回異なった歌を選曲しています。
久しぶりにハープも使ってみました。
まだまだ引出しの中には歌が満載ですから
こんな感じの歌のお披露目は贅沢かもって言われました。
東北地方への歌の焚き火キャラバンの
おみやげ話をしながらあっという間の90分ライブでした。
PAの音は
BOSEの L 1 compactでやっぱりすごくいい音です!
クリアーで温かく余裕のある音ですね。
これって手放せません。
メニュー
1部
13:00開場13:30開演15:00終演
---挨拶・秋になった、空が高い、うろこ雲
01.時~降り注ぐ時と共に~
02. 15の命-----ハープ
---被災地への旅(日程泊まり)PAで怖かった
03. シルクの月
---先日兵庫でのライブはLP時代の歌を17曲ほど唄った。
---初心者用のギターを楽器屋さんで。
---デビューと当時住んだ渋谷の部屋。
04. 夜明けのララバイ
---人に書いた曲で却下された、神田川の橋
05. 面影橋
---横山やすし
06. 一ツ星
---被災地の現状・瓦礫と言うのが忍びない・ご冥福を祈る
07. 地球の詩
---NPOのボランティア(ベジタリアン)
08. 優しさは蓮の花
---気仙沼の避難所で
09. オペレーション大丈夫
---釜石での80才(ひとりきりになっても)
10. 雪舟
---稲の緑色が目に焼き付いている
11. 魂歌巡礼の旅
12. ボヘミアン
------AC------
13. 星とラベンダーと君
2部入れ替え
16:30開場17:00開演18:30終演
---挨拶 秋になった、空が高い、うろこ雲
---被災地への旅(日程泊まり)
---牡丹 子猫の名前は
01. 宛名のない手紙
---先日兵庫でのライブはLP時代の歌を17曲ほど唄った話。
---テレビの主題歌。
02. ララバイ・街角
---1976年のキング、デビューLP
03. 遠まわり
---高円寺に住んでいた頃、お風呂屋さんのコインランドリー
04.サボテン
---シングルのB面
05. ホンキートンクピアノ-----ハープ
---津波の水の中でご先祖の声が、大船渡の仮設住宅
06. 天国は春ですか?
---義援金のことを知らない
07. オペレーション大丈夫
---十和田湖から八戸近くのキリストの墓へ・純粋さ
---青森の縄文遺跡・足るを知っている人たち
08. 道の人
---長野の高原にて
09. 飯綱高原にて
---仮設住宅の子供たち
10. LaLaLa
---気がついたら35年も歌って来た。
11. 通り過ぎた風たちへ
12. ボヘミアン
--------AC------
13. 泣いて笑って花になれ
---被災地で歌って来た歌
14. 家族の絆
アンコールを終えても拍手がまだ続いていて
もう一曲かな?と思いましたが
時間重視でぐっとコラエマシタ。
それではまだ次回をお楽しみに!
月
19
9月
2011
9/17ピンクハウスライブ9/18藤森神社
2011.09.19
9/17は兵庫県加東市にある
「ピンクハウス」でライブがありました。
今回が2回目のライブでした。
約34年前に西脇市でのライブがきっかけで
当時の仲間が前回も今回も集まってくれました。
LPレコード時代の懐かし歌を歌うコンセプトで
今回はアナログ時代の歌を沢山歌いました。
貴船川
遠まわり
三行半
ホンキートンクピアノ
小春日和
まぼろしの中へ
夜明けのララバイ
夕焼け
沈丁花
春待ちブルース
ひとりきりの季節
ほたる
夏の終わりの海
雪舟
南風に吹かれて
愛すれど哀しく
ララバイ・街角
上記のようなLP時代の歌を取り上げました。
新曲は
オペレーション大丈夫
LaLaLa
家族の絆
これからもライブで
古い歌を取り上げようと思います。
とても良いライブが出来たことに感謝しています。
時々「ピンクハウス」でライブをしたいと思います。
音響も照明も雰囲気も全て良い場所です。
9/18は京都の伏見にある藤森神社で手作り市の
フリーコンサートでした。
雨が心配でしたが晴れてくれました。
そのかわりに蒸し暑い一日でした。
地球の詩
ララバイ・街角
貴船川
ほたる
南風に吹かれて
ホンキートンクピアノ
集およ日本一長い運動場に
飯綱高原にて(with 尺八)
おわら風の盆(with 尺八)
(田辺さんの尺八ソロ)
一ツ星(with 尺八)
冬の桜(with 尺八)
オペレーション大丈夫
LaLaLa
---アンコール---
家族の絆
約一時間半のライブでした。
野外のライブゆえに
とても暑くて体力を消耗したようです。
帰りに名神で大型トラックが乗用車三台に追突した事故で
渋滞もあり途中でPAで少し休みました。
20日間の長い旅の後、今回も兵庫と京都が続き
キャンパーをUIビークルで今日は見てもらいました。
一応大丈夫でしたが、いろいろ調整などしてもらいました。
これで安心!
40mmローダウンとリジカラとリアスタビライザーと
タイヤはSUV用を履かせていますが、
今度はフロントに強化スタビライザーをつけて
直進性など足回りを良くしようと思います。
大切に乗らないとね!
水
14
9月
2011
9/13深夜の帰宅
2011.09.13
無事に深夜0:30(14日)に全行程を終えて
戻りました。
ふ〜〜〜お疲れ様でした。
深夜にもかかわらず家族のお出迎えに
ほっと一息ついて温かい玄米ご飯(いつもの)をいただきました。
子猫の「なでしこ」もきょとんとしてお出迎え。
「ふー」は外から帰還してお出迎え。
8/25に出発して9/14のam0:30帰宅までの全行程3250km
東松島市・多賀城市・南三陸町・石巻市・七ヶ浜町
気仙沼市・平泉市・大船渡市・釜石市・大槌町
下閉伊郡山田町・盛岡市・陸前高田市・気仙沼市
青森市・札幌市・小樽市
長かった20日間の歌の焚き火キャラバンは
どれだけのことが出来たのかは判りませんが
被災地で出会った人との思い出は確かです。
国会が与野党の足の引っ張り合いで予算が付かないなど
地位や肩書きのある人たちの見苦しさは滑稽です。
名もない多くの人々がボランティアで駆けつけていることが
本当に救いです。
アメリカやイギリスのNPOボランティアの若い女性や青年が
今でも大船渡にいます。
既に四ヶ月の滞在です。
自分で20万近い渡航費用を出して
仕事を休んで日本の被災地に来てくれていました。
知り合いの方の倉庫の瓦礫(流れてきた冷凍の魚も含む)を
重機を持たない彼女たちは手で掻きだして
何日もかけて撤去をしてくれていたそうです。
匂いのついた身体を厭わずに働いてくれていたそうです。
宿泊施設が休みの時は外で野宿をしていたそうです。
お風呂も生活習慣の違いから苦労したそうです。
トイレも和式で辛かったと思います。
時には仮設のトイレで匂いが辛かったと思います。
10人程のベジタリアン(菜食主義)もいて
食事にも苦労したようです。
外国の名も知らぬ人々の献身的な働きに
日本人は深く感謝せねばと思います。
日本人のボランティアさんも頑張っていたと思います。
でも私が見たある都市からの団体さんは
一日の参加で結局は慰労会でお祭り騒ぎをして
満足して帰りました。
献身的なボランティア活動は自己満足では無いと
その時ハッキリ思いました。
石巻市ではまだ大きな遺体安置所がありました。
気仙沼では大きな船が町の中に残っていました。
気仙沼にはまだ避難所が数箇所もありました。
下閉伊郡山田町では壊れていた町のスーパーが
いち早く再開して頑張ってました。
従業員の多くは仮設住宅からの出勤です。
南三陸町は防災無線の悲劇の建物が
骨組みのまま残っていました。
陸前高田では仮設のコンビニが頑張ってました。
七ヶ浜町では仮設住宅で
小さな生まれたばかりの赤ちゃんや
小学生の子達に沢山出会いました。
挨拶をすると静かに微笑んで挨拶をしてくれました。
多賀城市でも爪あとが残っていました。
多賀城へ呼んでくれた方の御霊がライブの一番前の席で
聞いてくれていました。
東松島市では海の水がまだ残ってました。
その中に倒れたままの建物が浮かんでいるようでした。
大槌町ではひっそりと仮設住宅が並んでました。
大船渡では外国のNPOボランティアさんのことを知りました。
それと水の中から生還したおばあさんが
その時のことを教えてくれました。
「今私はこうして生きてます!」
釜石では80才の菊池静子さんが駆け寄って来て
握手を求めてきました。
今日は感動を有難う!って
手を強く握って話しかけてくれました。
80才になっても頑張るって
強い言葉をかけてくれました。
各地に点在する仮設住宅は住民の方々の横の関係が
取れていないとのことでした。
皆さん本当にすごい経験をして今生きておられます。
半年過ぎて少しは落ち着かれていようですが
こころの中を思うと言葉が見つかりません。
逆に励まされます。
来年の四月に多賀城市で大きなコンサートが計画されます。
それに合わせてもう一度各地を訪ねたいと思ってます。
きっともう一度元気なお顔を拝見出来るように思います。
きっと大丈夫を合言葉にして生きていこうと思います。
PS:
そうそう付け加えですが、
ある仮設住宅で唄った時に
ジャッキーチェンが全財産を
義援金に寄付されていることと
ソフトバンクの孫さんが直ぐに100億円を
義援金に寄付されたことなどをお話したら
皆さん知らなくて驚かれていました。
これらの情報は被災者の現場には
届いていないんだと知りました。
赤十字の金庫に大切に?保管されている世界からの
義援金はどうなってしまうのでしょうか?
月
12
9月
2011
9/12小樽から戻ります
2011.09.12
9/11は小樽の松泉学院で訪問コンサートを
14:30から約1時間程しました。
アンコールも含めてかなり盛り上がりましたよ。
春の再開をお約束して来ました。
終わってから今度は同じく小樽のカネサ珈琲でライブ。
すごく素敵なライブのポスターが貼ってありました。
あっもらってくるの忘れた!
18:30から19:30が前半
休憩を取って19:40から後半
アンコール混ぜて終わったのが21:00
かなり長めのライブですね。
でもこれが今回の歌の焚き火キャラバンの最終日
古いのから新しい曲まで混ぜながら
歌ってきました。
終わってから恒例の懇親会でホテルに戻ったのは
0:00近くになりました。
旧北海道拓殖銀行をホテルにした所で
さすがに金庫の中ではありませんでしたが
不思議な感覚でした。
23:00小樽発の日本海を行くフェリーまで時間があるので
ニセコの羊蹄山を望める「しろくまカフェ」まで足を伸してみました。
あいにくの曇空で羊蹄山は見ることが出来ませんでしたが
緑の木々がそろそろ秋の気配らしいです。
さーて明日の夜は舞鶴に着きますから
もうちょっとだな。
8/25から9/13までの長い旅でした。
走行距離は3250kmでした。
無事に終えることが出来そうで感謝です。
画像は後ほどアップできると思います。
日
11
9月
2011
9/10札幌ライブ
2011.09.11(09.10)
9/10
北海道に入ってから函館から北上して洞爺湖で観光船に乗って
洞爺湖のいわれなど聞いて
「え〜〜っここにも義経が来てたの?」
「円空上人も来て義経を悼んで仏像を彫ったの〜」などなど。
その後
支笏湖へ行って観光船に乗ろうと思ったら
強風雨のため欠航だって、「風強くないし、気持ちいいのに」
その後
札幌へ入り楽天舎の近くにある健康ランドに行って
温泉に入りました。
車の移動で時間もかかりおつかれモード。
北海道は函館から札幌まででも遠い。
夜は昨年の4月以来の楽天舎ライブでした。
なんとか無事に終了してまるちゃんの娘さんに
背中のコリを取ってもらい気持よかでした!
プロはさすがだ!
その後
もう一度健康ランドに行って
車を止めて寝ようかと思いましたが
考えてみたら
トイレに起きた時に
いちいち健康ランドに入館しないといけないことに気づき
札樽自動車道に入り
金山PAに止めて寝ることにしました。
ここならトイレも自由だし、、、、
ところがPAなのに一台も車が止まってない!
まあいいかと寝たが、、、
怖かった!
変な車が入れ替わり立ち代わり大きな音を立てて
入ってくる!
若者(ばかもの)達が土曜の夜なので
うろうろしているんですね。
1時間おきに別働隊がくるんで
一台しか止まっていない車は目立つしカーテン閉めてるし
やばかったけど
守られているからやっぱ!
助かった。
寝不足ですが、また朝は5時に起きてしまいました。
昨日はブログを書けなかったので
朝から昨日の分を書いてます。
画像は後から入れようと思います。
さて今日は松泉学院とカネサ珈琲でのライブです。
がんばろう。
金
09
9月
2011
9/9北海道入り
2011.09.09
14:20発で青森から18:00着で函館にフェリーで入りました。
北海道は雨です。
洗車したのに雨です。
青森では縄文遺跡ぐらいしか見れなかったな。
車の移動で時間ばかりかかってます。
今夜は道の駅で寝ます。
いよいよ10日明日は札幌入です。
がんばろう!
ミネラルとビタミンが不足しているけど
がんばろう!
木
08
9月
2011
9/8休養で十和田湖へ
2011.09.08
気仙沼から北上しながら休養をしようと思い
ゆっくり走りました。
窓の外には豊かに実った稲が見えます。
放射能の心配を国民がしている中で
それでも東北地方の田んぼにはしっかりと
稲穂が育っています。
日本の骨幹を担う農業の危機を感じながら
それでも大丈夫を合言葉にひとりひとりが
安全を願うしかないと思う。
花巻温泉の奥に台の湯という温泉がある。
そのもっと奥に静かな静かな温泉がありました。
湯の花の浮く温泉は硫黄の匂いがかすかにしています。
貸切状態でした。
初めて訪れた十和田湖
十和田神社を目指しました。
いきなり一つ目の鳥居のところで
マイナスイオン?霊気?
パワースポットですね。
鳥居をくぐると
身体と心の疲れが消えてしまいました。
気持の良いこと良いこと。
自分一人しかいない神社は静かに迎えてくれました。
気持ちが良かった。
森林浴なんておこがましい、
自分の存在を消し去らないと
この微細な気のハーモニーと
同化したなどとは言えまい。
周りの木々の中を歩いて十和田湖畔へ向かう
涼しい湖畔は海のように波が打ち寄せていました。
高村光太郎の有名な乙女の像
青森へ向かう途中に
キリストの墓まで28Kmという標識に出会いました。
通りすぎてから「本当かな?」
「28Kmか、、」
「これって有名なキリストは日本に来ていたという
あの話の元になっているところかな?
行ってみよう。」
これが真実なら歴史上の大スクープのはずなんだし
キリスト教も大慌てだと思うけれどな
さ〜あ、自分としてはどう思うかな?
それは秘密にしておきます。
どちらにしてもイエスキリストご本人は、
きっと、これ以上無いほどの
純粋さで生きていたと感じます。
弟子たちが作り上げた強さや
権力者が人民を抑えつけるために利用して来た歴史に
自分たちも染まってしまったのかも。
青森への一般道の道は長くて
その間はこれ以上無い純粋さを思い描いていました。
水
07
9月
2011
9/7気仙沼
2011.09.07
陸前高田から気仙沼へ抜ける途中の海
今は静かでも3/11のあの日は三陸を飲み込んでしまった。
陸前高田は平地の部分に町があったのでしょうか
全面的に何も残っていない状態でした。
がれき処理も市がいち早く自前でしたからでしょうか
他とは違って家屋は一切残っていませんでした。
写真を撮るのを止めました。
一本松にも行きたかったが入れませんでした。
そして今日は気仙沼に再度入りました。
8/31に気仙沼に入った時に胸がやられた状態で
車から降りて歌うことが出来なくて
出直してこようと思って立ち去りましたが
今日、避難所で歌うことになりました。
被災地での避難所はほとんどが8月31日で閉鎖されましたが
気仙沼はまだ避難所が数箇所残っていて
交渉して許可がおりたのは
市民会館の避難所でした。
人数はもう今では少なくなっています。
am11:00から12:00までが一回目でした。
昼間で久しぶりの好天で外出している方が多く
中ホールで避難している人を中心に歌いました。
みなさん感動してくれて通路で聞かれている人も
多くいました。
お礼でジュースパックとお茶のパックは2本も
いただきました。
好評につきpm15:00からもすることになりました。
最初はうるさいなという感じで
聞いてくれなかったお父さんも
「オペレーション大丈夫」から拍手してくれるようになって
心が通じ嬉しかったですね。
体操のボランティアさんたちと急遽コラボして
結構ノリノリで2回目はエネルギッシュになり
酸欠覚悟で「天も地も」を歌いましたよ。
アンコールで「上を向いて歩こう」を大合唱!
集合写真も撮ったりして「春にまた来ます!」で
皆さんとても喜んでくださいました。
気仙沼市役所の前を通ったので撮りました。
3/11の後にテレビでよく見ていた場所です。
あれから半年このあたりはすっかり瓦礫は取り除かれて
車も通れています。
これで被災地での歌の焚き火は終了です。
それでは北海道へゆっくり上陸します。
火
06
9月
2011
9/6移動中(なんと南下してます)
2011.09.06
盛岡のホテルに泊まったが急遽気仙沼方面にUターンだ。
北上すればいいのだが9/7に避難所がまだ残っている気仙沼で
歌うことになり南下することになった。
高速道路のインターでは一般車と無料車の道がどこもかしこも
渋滞中でETCレーンはほとんど車はいない。
いつも我が「歌の焚き火号」だけだ。
高速料金の土日一律1000円の時は一般レーンは少なかったが
真逆以上だな、ETCレーンに行きたくても行けない時さえあるぐらいだ。
それと仮設住宅がいろんな所に出来ている。
一目見て直ぐ判るので移動中に見つけるが
かなり不便なところにもあるようだ。
仮設住宅で話を聞くと
住民同士のコミュニケーションがあまり取れていない様です。
だから集会場や談話室で歌うとすごく喜ばれます。
集まってくれる方々にとってきっとプラスになっていると
思うと歌いに来て良かったってつくづく思う。
昼間に歌うのでお年寄りが多いです。
みなさん優しい気持ちになってくれてます。
最近は若い人に唄った記憶がないな、、。
雨は降っていないからこれからは晴れてくれそうだな。
ずーっと動きながら歌って来たから
少し疲れが溜まっているかもしれない。
食生活もコンビニでオニギリと割子そば
ばかり毎日食べている。
お風呂は海岸沿いを北上するにつれて
スーパー銭湯は無くなってしまい
ちょっと不便なのでその分ホテルで泊まる機会が
増えてしまった。
ルートインホテルをよく使うことにしている。
理由はサービスの割にリーズナブルでコインランドリーも
大浴場にある。
ネットも使えるし朝食もバイキングなので
食べれるものを選べばいい。
無料なのもいい、駐車場も平置なので高さ制限がないし、
無料なのもいい。
そして何処のルートインも同じなので
勝手がわかり安心だ。
ホテルマンも丁寧だしね。
それとコンビニが日本中にあることに感謝しました。
そうなんだよねコンビニのコンビニエンスって
便利っていう意味だ!
仮設でコンビニしているところもあり、
頑張っているんだなって思う。
道の駅も海岸沿いに少なくて内陸部に多い。
岩手の温泉はほとんどが内陸部で
東北道の近くに多いように思う。
iPhoneアプリでコインランドリーとか
スーパー銭湯などのアプリもあるけれど
東北については情報量が少なくて実用的じゃないな。
明日がもしかすると
被災地での歌の焚き火は最後になるかも。
9/8以降は北上して青森県に入り
北海道へ上陸することになる。
久慈市や八戸市なども考えて連絡してみたけれど
津波の被害はあっても歌う場所は無いとのことでした。
久慈市に連絡したら近くの野田村というところは被害が
出ていたようで仮設住宅も多くあると聞き
野田村ボランティアセンター的なところに
連絡入れましたが
歌の受け入れは断られてしまいました。
きっとそれどころではないのだと思った。
小さなところは後回しにされているようで
大変なんだと感じます。
ということで歌の焚き火の北限は下閉伊郡の山田町でした。
岩手県は選挙の時期で仮設住宅にも選挙カーは来ますね。
被災していない所では、例の名前の連呼でうるさいうるさい!
夕方になると涼しく感じる。
やっと車で寝ても過ごしやすくなりそうだ。
ベットにもいろいろ荷物が氾濫してきて
足を延ばす時にぶつかるぶつかる。
画像は判りにくいと思いますが、
歌の焚き火号のベット部分から運転席と
ネットにつなげているMacです。
こんな画像しょうもないけどね。
月
05
9月
2011
9/5下閉伊郡 山田町
2011.09.05
道の駅「やまだ」から朝早く動いて
岩手県下閉伊郡山田町の「びはんプラザ山田店」に
入り時間より早く向かいました。
町の道が湾をなでるように通っているから
ここも津波でほとんどが根こそぎ壊されている。
家の建物が無くなっています。
今までも同じ様な光景を見続けて来たので
写真は撮らないでおきたいと思いました。
山田店も天井まで津波に襲われたそうです。
道の向こう側は海が見えます。
以前は海は見えなかったそうです。
今は遮る建物が無いので直接海が見えます。
スーパーとして復興に向けていち早く立ち上がり
近郊の人々を支えて来たそうです。
そのおかげで品物を手にすることが出来るようになり
近郊の人々が沢山集まっています。
今でも店の入口の大きな柱は
大きな傷跡を残しています。
あえてそうしているんだそうです。
偶然とはいえ
感動的な出会いになりました。
店長のTさんです。
まだ開いていない店の駐車場に入っていくと
Tさんがいました。
お店の人だとすぐ判り
「専務のMさんですか?
今日歌うことになっている
きくち寛です」と声をかけると
「店長のTと申します。
感動です!
いやーここで
きくち寛さんに
お目にかかるとは思いませんでした!
実は
十数年前にHPからCDを注文して
ずーっと聞いてきたんです!
こころの支えにして来たんです!」と
本当に感動しておられました。
Tさんの出張中にきくち寛の訪問コンサートが
専務との間で決まり
Tさんは数日前まで知らなかったそうです。
なぜ自分が山田町を選んだかというと
朝日新聞に5月頃山田町の龍昌寺というお寺が
避難所として使われている記事を
姉から出発前にメールで教えてもらいました。
それで電話をしてみたのです。
龍昌寺はもう避難している人数が5名になったので
山田町の町役場の電話番号を教えて頂き
電話をして歌える場所を検討してもらいました。
御蔵山にテントがあるのでそこで出来る可能性もあるのですが
告知してもなかなか難しいのではということで
スーパーのびはんプラザの専務のMさんを教えてもらい
交渉しました。
OKになり店の外ですが野外でやりましょうと決まりました。
当日聞きましたが
専務のMさんは全て流されて龍昌寺にお世話になり
生活していたそうです。
店長のTさんはお店に貼ってある、きくち寛のチラシを見て
「え〜〜〜誰が呼んだの??」ってなったそうです。
Tさんの車にはきくち寛のCDがいっぱい入れてあったそうです。
でも流されてしまったのです。
新しい車にはCDは無かったけれど、これでまた聴けるわけです!
雨が降って来たので
急遽店内にステージを作ることになり
防災無線で呼びかけを町役場にお願いしていた事と
店内のチラシのおかげで
椅子は満席になりお店でお客さんが足を止めて
聞き入ってくれていました。
約50分のステージになり
感動的でした。
前向きに生きていこうと
涙を流されている方々に
こちらも感無量になりました。
終了してからCDを買いたいと多くの方が
買ってくれました。
サインをいろんなところに書きました。
野外だとイベントらしくなるけれど
えてして伝わらなかった心が店内のおかげで
染み入るように波及して行ったと感じます。
恵みの雨でした。
そうそう8時からの朝礼でも生で2曲歌いました。
朝早すぎて声が〜〜〜出ない、、、
午後からは町民グラウンドの仮設住宅へ行きました。
ナビが新しいのに迷子になってしまい焦りました。
目標の建物が無いからなのかな?
地場が変化しているんかな?
雨が降り続けているので役場に電話して
仮設の空き地で歌うのを変更してもらうことにしました。
昼前について談話室で行うことになりました。
自分でも仮設住宅の中を
「談話室で午後2時から
ギターの弾き語りのコンサートがありま〜す
もし良かったらきてくださ〜い」と声をかけて回りました。
結構多くの方が来て下さり
ここでも1時間を感動的に過ごしました。
今日はとても充実した一日でした。
今日は2時間かけて移動して
盛岡のホテルに泊まります。
被災者に差し上げているCD-Rを焼くことも
ホテルでします。
あ〜眠いけど
まだまだ焼けない、、、
日
04
9月
2011
9/4大槌町
2011.09.04
釜石が終わってから内陸部へ入り
東和町にある温泉とホテルに泊まりました。
釜石の青空市が雨で出番がなくなったので
ホテルでゆっくりしてから大槌町へ向かうことにした。
ホテルが飼っているヤギさんです。
可愛い!
大槌町の仮設のローソン
周りは被害が多いところでした。
何故か被害の大きところに入ると
ナビのGPSが効かなくなってしまう。
迷子になりながら進んで
変更になった炊き出しの場所へむかう。
子供たちが元気に遊んでいる
自分は個人で動いているので
いろいろ振り回されてしまって
行く場所や時間など混乱してしまった。
結局炊き出しのところでは歌う段取りは
強引にしない限り無理なことも判り
諦めるしか無かったので
ボランティアセンターの広場で歌うことになった。
またまた移動して様子が解らないまま
機材をセットする。
野外になるので雨が心配だ。
猫の保護のお知らせ
夕方5時からボランティアの団体の慰労会があるので
それで歌って欲しいとのこと。
3時間ほど待つことにする。
というか今日はずーっと間が悪くて
うまく進んで行かない。
大槌町のボランティアセンターと
他県の炊き出しボランティア団体との
間にぽつんと一人で挟まれているから
段取りもわからず、(誰も判っていない感じかも)
一人で動いているから
基本的に辛い思いをするハメになる。
食事時に歌うことになり
団体のボランティアさんたちはきっと疲れているし
お腹は減っているしで誰も聞いていない状況になり
きくち寛の存在なんて誰も知らない訳だし
貴船川は拍手も無く、だんだん辛くなり、
俺っていらないんじゃないの?
4曲で止めました。
「オペレーション大丈夫」
「ひとりはみんなのために」
「貴船川」
「La La La」
歌うのやめてBGMで「オペレーション大丈夫」流したら
拍手が来た、、、え〜〜そうなの!
そそくさと片付けて、あとは長野から来ている民謡の方々が
ノリノリでお酒の入った会場は盛り上がっていました。
きくち寛の歌が見事玉砕した一日でした。
これほど見事に場違いだと腹も立たない。
でもこれも仕方が無いこと。
別に誰が悪いわけでもないし。
大槌町のボランティアセンターの方も
各地から来てくれるボランティア団体さんを
気持よく受け入れて帰ってもらう事も大切なお仕事です。
各地から来たボランティア団体さんも
大槌町を少しでも元気にしようとしているんだし。
きくち寛が判断?ミスで
自家中毒?をおこしたようなものだということです。
25日出発して今日で10箇所目
ほとんどが感動的なライブになっていたが、
こんな日もあるさ
ほんと一日中
不完全燃焼!
で疲れながら
道の駅「やまだ」で車中泊することにしました。
明日は下閉伊郡の山田町なんだけど
2箇所とも野外で歌うことになるんだが
どうも
一日中雨模様らしいぞ
機材はセット出来ないし
ギターも出せないよ。
明日は雨が降ったら
おやすみかな?
無理しない方が良い時もあるってことかな。
土
03
9月
2011
9/3釜石市
2011.09.03
道の駅「さんりく」から一般道を釜石市へ
やはり海に近づくと津波の爪痕は大きい
運転しながらなので多くは写せなかったけれど
釜石市も大きな被害を受けていました。
釜石災害対策本部のシープラザの広場には
日本全国から復興への応援の車両が多く止まっていました。
シープラザで今日は歌うのだが
あいにくの雨で「吉本の芸人さんたちの公演」が
野外のため中止になってしまいました。
きくち寛は11:00から50分のステージを
ドームテント(各地からの支援物資の保管をしてある)でしました。
ブルーシートで囲われている中には支援物資がまだ沢山あります。
歌い終わって舞台から降りようとしたら
80歳のお母さんが「ありがとう」って駆け寄ってきてくれました。
「私は魚を扱っているけれど、
被害にあって全てを無くしました。
でも頑張って再開しようとしています。
今まで涙を見せないで頑張ってきたけんど、、、
今日はあなた様の歌を聞いて勇気をもらいました。
歌詞だけでいいから欲しいのです。」
そう言われて手を握りしめてくれました。
「まだCDデッキは無いかもしれないけれど
聴けるようになったらこのCDを聞いて下さいね」
被災地用に焼いてきたCD-Rをお渡ししました。
負けそうになったり、諦めたくなったり、
落ち込んだりした時に、聴けるといいなと
出来る限りお渡ししてきたCD-Rが
いつかきっと活きる時が来ると信じてます。
オペレーション大丈夫!きっと大丈夫!
今日も釜石新聞の取材を受けました。
いろいろと段取りなどお世話してくださった
釜石市市民生活部市民課
地域づくり推進室のOさんとKさん
本当に有難うございました。
明日の青空市は雨模様の予報と時間の関係で
うかがうことが出来ません。
申し訳ございません。
お赦しください。
CD-Rを焼いたりクリーニングしたいので
今日は温泉のあるホテルに泊まります。
釜石から花巻までちょっとあるけれど
車を走らせました。
その時
地面近くに大きな横長の虹を見つけました。
初めて見る虹です。
明日は大槌町に行きます。
炊き出しの横でライブをします。
雨が降らないで欲しい!
タープをホームセンターで買いました。
ステージの雨よけに使えると思い買いました。
「てるてる坊主てる坊主」明日は晴れておくれ
金
02
9月
2011
9/2大船渡
2011.09.02
今日は岩手県大船渡市へ行きました。
仮設住宅で生活を既に4ヶ月されている方々のところで
9:30から45分の感動的なライブ。
そして午後からは、つい最近建て上がった仮設住宅で
訪問コンサートをしてきました。
今日は感動の一日になりました。
さて、まずは朝からの動き
一関のホテルから朝6時半頃出発しました。
大船渡まではおよそ2時間かな?
道がどんな状態なのか解らないし、
あいにくの雨模様で朝早くの出発にしました。
山間を抜けて陸前高田市に近づき、え~って。
周りは山なのに、家が壊れているし、
車もぐちゃぐちゃになっている。
ここまで津波が来ていたんだ。
まだ7時前後なのに道は渋滞ぎみになりました。
陸前高田の一本松が遠くに見えます。
町の方へ降りないで大船渡方面へ行くのですが
見下ろす感じで海沿いの町の瓦礫が遠く見えました。
本当に何もなくなっている。
大船渡市へ入るとここもやはり津波の被害が大きかったから
根こそぎ持って行かれた事務所や住宅が多くて
今回さとう宗幸の関係で段取りをしてくださったSさんも
大きな被害を受けて仮設住宅で生活されています。
最初の仮設住宅への入り時間を過ぎてしまい
カーナビが迷子になり
瓦礫の中を車は行ったり来たり
焦った!
やっと警察署を見つけ教えてもらい
入り時間を大幅に過ぎて到着。
雨の中すぐに集会場にセットアップして
すぐに歌いましたが、選曲もなにも出来ていなくって、、、
でも45分間の感動的なライブになりました。
それぞれに思うところがあり、
みなさん涙をこぼされていました。
その涙は前向きの涙だったと思います。
何を唄ったかは後日ビデオを見ながら確認して加筆しますね。
お昼ごはんをSさんの仮設住宅のお宅にお邪魔して
おいしい日本そばを頂きました。
いろんな話を聞きました。
アメリカから来ているNPOのボランティアの中に
ベジタリアンの人が数人いて食事に困っている話を聞き
彼女たちは既に4ヶ月の間、手を使って
がれき撤去の活動をしていて
雑魚寝だったり食事も満足に取れない中でお風呂など
生活習慣の違いから苦労している話を聞きました。
自分の仕事を何ヶ月も休んで
渡航費用を出して
日本でボランティア活動をしているのです。
自分が今回の歌の焚き火キャラバン用に
持ち歩いていたベジタリアンフードの
インスタントラーメンや
レトルトのカレーや五目ご飯など
箱ごとほぼ全てを置いてゆくことにしました。
自分はコンビニで食べれるおにぎりや、
そばを持参している自前の昆布と椎茸のダシで
食べれるから何とかなるしね。
それにしても知らないところで
頭の下がる活動をしている人が
いっぱいいるんだ。
それも外国の若い女性を含むNPOボランティアさんで
既に四ヶ月ですよ。
政治家は何してんの!
票読みしてま〜す!
午後からは出来たばかりの大規模な仮設住宅でライブでした。
ここもすごく感動的な50分になりました。
画像と中身は後ほど書きます。
今、道の駅の車の中で電源やネット環境など
細々とした状態なので、、、バッテリー危ない、、よ。
二回目の仮設住宅で話しかけてくれたお母さんは
水の中で意識を失って、
ご先祖の「まだあきらめないで、がんばって」と
声が聞こえて意識を吹き返し、
それでも水の中で死にかけた時、
再び「もう少し頑張れ!」と
それで今生きていますって
教えてくれたお母さんも
「ありがとう!、良かったわ!、活動頑張ってね」と
帰り際に手を握って微笑んでくれました。
やはり、みんなすごい経験をして今生きているんだ!
「オペレーション大丈夫」と
「天国は春ですか?」と
「LaLaLa」
今日ほど感動的に響き、
勇気や希望を感じさせてくれたことはありませんでした。
ところで大船渡にはあまりプロの歌のボランティアは
来ていないそうで
初めてです!って言われました。
お~い有名な歌手さんよ地道にまわって下さ~~い!
テレビに出るところばかりじゃなくてさ、
大きい処じゃなくてさ、
ライブの画像はネット環境の良い場所でアップしますね。
今日は文字ばかりです。
なんで雨降んのかな、
車のベットも雨で濡れるやんか、
晴れ男なのに力消失か。
道の駅「さんりく」で泊まるが
ネットが繋がりにくくて困りました。
真夜中起きたら繋がったのでこんな時間に書きこんでます。
そうそう
昨日の平泉のライブが岩手日日新聞に
大きく記事になってました。
途中のコンビニで見つけて買いました。
午前中の仮設住宅訪問コンサート
午後からの2箇所目の仮設住宅
訪問コンサート
大船渡の仮設住宅
二箇所共に
とても感動的な訪問コンサートになりました。
辛くなったりした時にお渡ししたCDを聞いてください。
きっと大丈夫になります!
春にもう一度お会いする約束をして来ました。
もう一度自分も頑張って行けるようにしたいと思います。
9/3明日は釜石市に行きます。
雨が降っているから心配です。
木
01
9月
2011
9/1中尊寺
2011.09.01
今日は平泉の中尊寺へ行きました。
門前の平泉レストハウスで歌いましたが
奥州市の中学生が丁度訪れていて歌を聞いてくれていました。
大いに盛り上がり記念撮影です。真ん中の黒いのが自分です。
「貴船川」
「オペレーション大丈夫」
オペレーション大丈夫が印象に残った様でした!
その後に宮古市から来ていた小学生達が雨の中で
歌を聞いてくれていました。
きくち「みんな! 生まれてきたことだけで100点満点だよ!」
子供たち「はい!」
すごく素直な子供たちです。
「La La La」
「彩日」
被災した経験を明るさでカバーして元気でしたよ。
ありがとう!
レストハウスの2Fでライブです。
外は雨でしたがとても気持ちの良いステージになりました。
温かな癒しの音でした!
「貴船川」
「宛名のない手紙」
「届いたみかん」
「星とラベンダーと君」
「オペレーション大丈夫」
「天国は春ですか?」
「彩日」
「時〜降り注ぐ時と共に〜」
「ボヘミアン」
奥州市の中学生が再び登場!
なんと「オペレーション大丈夫」をリクエスト!
すごいよね、さっき唄った歌を覚えていてくれていた!
サイン攻め!!!
今日は自分の為に中尊寺に来たけれど
歌うことで自分がこんなにも癒されるとは
予想外でした。
地元の吉田屋さんの若旦那のたけしさんも
来てくれました。
彼は初対面でしたがNHKのみんなのうたを歌っています。
再会をみなさんと約束しました。
秋から冬の頃もう一度訪れたい中尊寺でした。
中尊寺の偉い御坊様も来てくれていました。
お礼のお言葉も頂きました。
有難うございました。
中学生に圧倒され気味に何処にいるんだか解んない記念撮影
金色堂外観
雨の中
心に
「あるがままに生きよ」と
メッセージが来たように感じていました。
今日は雨だったし、機材を2回もセットしたり
汗になったのでコインランドリーのあるホテルに
泊まりました。
明日は大船渡市の仮設住宅2箇所で歌います。
台風の影響もあるので
朝6時には出発する予定です。
そうそう!
岩手日日新聞の記者の方が来てくれましたので
新聞に載るようです!
明日はコンビニで買ってみようと思います。
水
31
8月
2011
8/31気仙沼
2011.08.31
今日は気仙沼に行きました。
半年過ぎてもまだ被害の大きさが残っていました。
機動隊でしょうか長い棒を持って
探しながら歩いていました。
東京の警視庁のパトカーも巡回しています。
道には大きな船が乗りあげています。
がれき撤去の工事車両やトラックが動いています。
ナビは使い物にならない感じです。
今回は降りて歌うことが出来ませんでした。
今までで一番つらく感じました。
もう一度出なおして来ようと思います。
気を取り直して
サスケさんが3/11に丁度いた一関の温泉に行き、
道の駅で泊まります。
明日は中尊寺の門前にあるレストハウスで歌います。
今夜は光景が焼き付いていて眠れないかもしれないな。
今まで歌って来た場所の3/11の映像をネットで
見たが胸が重くなってしまった。
自分の力のなさを痛感するばかりです。
半年過ぎてかなり瓦礫も運びだされているとは思うけれど
まだ見つかっていない方が数えきれないほどいる事実に
言葉がありません。
大丈夫という言葉さえ言えないのかもしれません。
それでも乗り越えている人々がいる限り
しっかりせねば!
火
30
8月
2011
8/30七ヶ浜町
七ヶ浜の仮設住宅集会場前
2011.08.30
今日は宮城県の七ケ浜町の仮設住宅へ
訪問コンサートです。
朝早くの道の駅は人影も少ないですが
時間が経つとボランティアさんや復旧工事の方々が
沢山集まってこられます。
道の駅の朝
車中泊のキャンパー
我がレジアスエースのキャンパーは頑張ってくれています。
足回りもスタビライザーなどいろいろ手を入れて
40mmローダウンさせてロール改善など改造してます。
始まり始まり
一番乗りの85際のお母さん
道の駅から1時間かけて七ヶ浜町へ
暑い日差しでした。
13:30から40分の設定でしたが
同じ時間にバザーがあって
昼間残っている人たちは
ほとんどバザーに行ってるみたいでしたので
時間を遅らせながら始めました。
集まってくれた人数は少なかったので
ボランティアさんにも歌を聞いてもらいました。
一番前のお母さんは85才で、
優しくとてもお元気でした。
チラシを5日ぐらい前にポストに入れたので
お母さん曰く「当日みたらみんな覚えてるけんど
5日前だと、忘れてしまうわね。」
うん確かにそうだよね。
宅急便で送んなきゃ良かったな、
当日ポストに入れれば良かったか!
どのみちバザーには負けるか、、。
届いたみかん
貴船川
泣いてごらん
ひとりはみんなのために
ふるさと・赤とんぼ
川の流れのように
オペレーション大丈夫
風のオルゴール
星とラベンダーと君
---アンコール
時〜降り注ぐ時と共に〜
13:40〜14:40まで歌いました。
聞かれた方々は口々に良かったと言って下さり
こちらも歌いに行って良かったです!
子供たちも沢山来ていて
みんな可愛い子たちでした。
みなさん「また会いに来ますから、
今以上に元気でいてください!」
学生ボランティアさんが2名と
近くの市から来られているボランティアさん
お疲れ様でした。
歌に合わせてリズムを取ってくれたり
歌ってくれた仮設住宅の皆さん
優しいお顔がまぶたに残っていますよ
「優しい思いやりに感謝します、
こちらこそ有難うございました」
仮設住宅
これからも負けないで!
元気でね!
きっと大丈夫!
またお会いしましょうね。
月
29
8月
2011
8/29石巻市
道の駅で
2011.08.29石巻
今日は石巻市へ行きました。
津波で被害が大きかった場所が幾つもありました。
あたり一面、津波に飲み込まれた跡でした。
何も残っていません。
その中で「がんばろう!石巻」と看板のある場所に
いっぱい献花されていて、
駐車スペースがあったので止まりました。
セブンイレブンだったところだそうです。
モニュメントのようにされていました。
ここで歌おうと思い、
PAは使わないで歌いました。
「道の人」
「宛名のない手紙」
「オペレーション大丈夫」
「天国は春ですか?」
まわりは、がれきを撤去するトラックや
復旧の工事現場の方ばかりの場所です。
歌い終わった後、北海道からのボランティアの方々が
献花に手を合わせに来ていました。
その中の北海道の腕章をされた方に
この場所のいわれを聞きました。
そばで交通整理をされていた方々も帰る時間が来て
手を合わせていかれました。
この場所で手を合わせていかれる方々の思いで
亡くなられた人の魂が天国に導かれていくことでしょう。
この場所で歌うことで光が
亡くなられた人の魂を天国に導いてくれるように
祈りながら4曲を歌いました。
きっと光が射してくれたと思います。
みんな忘れていません。
光に導かれますように。
今夜は石巻から近くにある道の駅
「上品(じょうぼん)の郷」で
「ふたごの湯」に入って車中泊します。
明日は南下してまずは
七ヶ浜町の仮設住宅の集会場で歌います。
日
28
8月
2011
8/28南三陸町福興市
2011.08.28の記録
2011.8/28日曜日
南三陸町の福興市に出演してきました。
会場のベイサイドアリーナスポーツ交流村へ入る途中の
町の中は津波の爪痕は残っていました。
ボランティアの人たち
バルトの部屋のお相撲さんのちゃんこも出ていました。
@オペレーション大丈夫
@届いたみかん
@風のオルゴール
@星とラベンダーと君
この4曲を20分の持ち時間で歌いました。
南三陸町の仮設役場
クーラーもない状態のようです。
出番前の宗さんと高橋さんときくち
会場の青空を鳶が舞っていた
仮設の郵便局
福興市は賑わっていました。
元気になって行くように思えます。
明日はちょっとゆっくりしてから
石巻市へ行ってみようと思います。
とりあえず今日も無事に歌い終えました。
ありがとうございました。
土
27
8月
2011
8/27多賀城にて
2011.08.27の記録
2011.08.27は宮城県多賀城市にて
和室を使っての2時間ほどのライブをしました。
ただただ感動のライブになってくれた!
詳しくは書き切れないが、
涙が溢れるライブになった。
今回の歌の焚き火キャラバンは
この場所で歌う約束がきっかけでした。
一番前の席はなぜか空いていました。
天国からその方が一番前の席に座られて
聞かれていたのです。
生前きくち寛さんを呼んで歌を聞きたいと
言われていたそうです。
この会場は本当に温かく穏やかで別世界でした。
明日は南三陸町です。
さとう宗幸さんも参加されます。
土
27
8月
2011
8/26東松島市イベント
2011.08.26の記録
2011.08/26
宮城県東松島市へ
日本三景の松島の奥に位置する東松島市
縄文村記念館のイベント会場へ13:30に入る途中
津波でほぼ全部が飲み込まれた東松島市
ナビで進んだ道はがれき撤去のトラックが行き交う
未舗装の道で何度も止まってトラックをやり過ごす
半年過ぎてかなり撤去されているようだが
まだ爪あとは残っている
今回のイベントはステファニー化粧品が行う
第四回被災地応援プロジェクト
「宮戸夏まつりwithステファニー村」
多くの催し物が用意されていてプロレスのリングもあり
西口プロレスや女子プロレスもあり、花火もあり、
その中で短い時間だが被災された方々の前で自分も
精一杯歌った。
いろいろ考えることもありながら
今回の第一歩がここから始まった。
「星とラベンダーと君・オペレーション大丈夫」
月
15
8月
2011
本宮の湯でのライブ
2011.8.15
8/14に豊川の本宮の湯でコンサートがありました。
本宮の湯のオープン9周年記念のきくち寛ライブでした。
一回目は14:00〜14:40
大歓迎の中、まるでTVの番組のように
間奏でも拍手を頂き良い気分でした。
M1.置き去りのままの夢を
M2.貴船川
M3.おわら風の盆
M4.川の流れのように
M5.Operation Daijyoubu
M6.LaLaLa
M7.ふるさとー赤とんぼ
二回目は16:00〜16:40
「ほたる」をリクエスト頂きました。
M1.泣いてごらん
M2.ほたる
M3.宛名のない手紙
M4.花
M5.ひとりはみんなのために
M6.Operation Daijyoubu
M7.LaLaLa
M8.家族の絆
-----AC-----
M9.星とラベンダーと君
天然温泉にも入り丸一日ゆっくり出来ました。
BOSE L1Compactの音も非常に良くて気分よく歌えました。
本宮の湯でのライブ
月
15
8月
2011
万灯会ライブ
2011.8.15
8/13 養善寺にて万灯会での
きくち寛ミニライブがありました。
19:00から万灯会が始まり、
境内に沢山のロウソクの灯篭が並びました。
19:30から20:15まできくち寛のミニライブ
昨年と同じくらい多くの方が集まりました。
M1.宛名のない手紙
M2.時
M3.届いたみかん
M4.あなたがいたから
M5.置き去りのままの夢を
M6.OperationDaijyoubu
M7.天国は春ですか
M8.風のオルゴール
M9.優しさは蓮の葉
ーーACーー
M10.貴船川
満月間近の大きな月が出ていました。
静かな風がお盆の迎え火と共に心地良い夜でした。
2011.8/13万灯会ライブ
ロウソクの灯篭と満月
月
08
8月
2011
おとぎばなしでのライブ
2011.08.08
8/7日曜日の昼、
岩倉市のログハウス風の「おとぎばなし」で
ライブをしてきました。
とても暑い日でしたから
店内は3台のエアコンがフル活動にもかかわらず、
かなり暑くなりました。
35名ぐらいが丁度よい店内が一階二階席と階段席合わせて
当日も混ぜて44名のお客さんで超満員。
13:00からのアマチュアのステージが14:00まであり
お客さんを入れ替えて30分で
きくち寛のステージのオープンなので
舞台の入れ替えも大慌てでした。
奇跡のように14:30頃オープンしました。
お店スタッフも対応が大変そうでした。
オープニングアクトで
林1号2号さんが30分してくれました。
慌ただしい中、本当にご苦労様でした。
15:00からきくち寛のステージ開始
(1部)
1)泣いてごらん
2)Tokyo Golden River
3)貴船川
4)ひとりはみんなのために
5)時~降り注ぐ時と共に~
6)届いたみかん
7)天国は春ですか
8)LaLaLa
10分休憩
(2部)
9)宛名のない手紙
10)地球の詩
11)花の踊り
12)置き去りのままの夢を
13)Operation Daijyoubu
14)風のオルゴール
15)泣いて笑って花になれ
16)魂歌巡礼の旅
17)ボヘミアン
(アンコール)
18)星とラベンダーと君
約2時間のライブ終了。
暦を調べると「天赦日」という貴重な日です。
8/27からの東北地方への魂歌巡礼の旅への
壮行の意味を持って天が与えてくれた一日でしょうか。
とにかく始まるまでの準備時間が30分しか無くて
いろんな意味で暑い一日でした。
集まってくださった皆さん、
不手際があったかもと思いますが、m(_ _)m
ありがとうございました。
一番前の席でウチワで
最初から最後までステージを
あおいでくれたMさんありがとうございました。
気持ちよかったです!
ps:
Kさんが茄を沢山持ってきてくれて
帰りにその大きな茄をお客さんに
1~2本ずつお持ち帰りいただきました。
我が家もしばらく美味しい茄を食します!
Kさんありがとうございました。
ps:
東京のTさん託されていた花束を確かに受け取りました。
ありがとうございました。
月
25
7月
2011
風季の陶でのライブ
2011.07.25
昨日7/24日曜日
水俣の「風季の陶」でライブをしました。
満員になり感謝です!
福岡、天草、中部、大阪、鹿児島、熊本など
地元水俣以外の各地からも集まって下さり
約2時間のライブは無事終了しました。
知る人ぞ知る歌手の「一ノ瀬たけし」さんも
聞きに来て下さりました。
「一ノ瀬たけし」さんは高次脳機能障碍でも
歌を歌うことで奇跡を生きている
全国的に活躍されている歌手なんですよ。
初めての出会いですが、お父さんがマネージャーをされて
ご両親の支えの中、アンビリーバブルにも紹介された方です。
CDとお母さんが書かれた「生きている奇跡」を頂きました。
これから読ませて頂きます。
CDもゆっくり聞かせて頂きます。
ありがとうございます。
お会いした時の印象は
天使のような、奥深い純粋さを感じました。
喜びの波動を感じました。
これからも人々を勇気づけて
活躍されることを祈っています。
機会があればご一緒したいなと思いました。
それから
きくち寛全集Part6のジャケットイラストを書いてくださった
CHOP(masako)さんもはるばる駆けつけてくれました。
実はリアルでは初対面です。
びっくりさせようと内緒で来てくれたんです。
びっくりしました。
ありがとうございました。
選曲は下記の内容です。
赤は新曲。青は新しいCDpart6から
18:40
1.泣いてごらん
2.時〜降り注ぐ時と共に〜
3.宛名のない手紙
4.ひとりはみんなのために
5.天国は春ですか
6.飯綱高原にて
7.集おうよ日本一長い運動場に
8.父の慈しみ
9.優しさは蓮の花
19:40ーーーーー15分休憩
10.花手毬
11.置き去りのままの夢を
12.OperationDaijyoubu
13.地球の詩
14.泣いて笑って花になれ
15.LaLaLa
16.魂歌巡礼の旅
17.ボヘミアン
ーーーーAC
18.ひとつぶの種子
19.家族の絆
20.星とラベンダーと君
20:50
終了後は時間のある方々とお茶をいたしました。
風季の陶の金田さんご夫妻ありがとうございました。
今度はきっとクリスマスの頃ですね。
土
23
7月
2011
九州へ
2011.07.23
魂歌巡礼号のレジアスエースキャンパーがまずは
九州へ動き出した。
大阪から宮崎へ出発。
前みたいに高速道路が休日1000円では無く
レジアスエースは貨物車だから燃費も悪いし
足回りをいろいろ改良して直進性をなおしたり
費用はかかっているから
今までのようにエコな割安なドライビングではなくなった。
フェリーの2等席は中は夏休みに入った影響なのか
親子連れと小中学生の団体がいて
かなり賑やかというか騒いでいてうるさかった。
びっくりしたのは、
寝言で大きな声を出すオジサンがいたことだ。
深夜皆が寝静まったころを見計らって
なんと3回も雄叫びを上げた。
約1時間ごとの雄叫びだ。
どんな夢を見ていたんだろう。
それと高周波攻撃のきかん坊が得意の高周波でわめいていた。
まあこれもまた、いいか。
月
11
7月
2011
野党?与党?そんなの関係無い
2011.07.10
予算が成立せずに国会が動かないから
復興が進まない。
この時期になってもまだ党利党略で
復興に必要な法律が通らない。
野党も与党も政治家は血が通っていない気がする。
義援金も3000億円集まっていても
8割はまだ赤十字の金庫から出て行かない。
与党も野党も関係なく復興へ本気でシフトして欲しい。
木
07
7月
2011
歌の焚き火から4ヶ月
2011.07.07
歌の焚き火から既に4ヶ月が経った。
あの時はまだ肌寒い3月19日だった。
だから焚き火でも良かったが、
既に7月にもなると焚き火じゃないよね。
だからと言って歌の滝壺でも変だよね。
清涼なる歌のオアシスがいいか。
それにしても、まだまだ応急処置も出来ていない気がする。
このまま一年が過ぎてしまうのかと案じてしまう。
8月後半に被災地を巡ってくる魂歌巡礼の旅で
何が出来るのかは今のところ判らないし、
正直行き当たりばったりで自信もない。
それでも歌の水を運んで行かなくてはと思う。
誰かひとりでも喉の渇きを潤してくれるなら
行くべきだと思うから。
水
06
7月
2011
海が泣いている
2011.7.6
震災後いっこうに国会は希望へ進んで行かない。
原発の放射能の危険性が福島で明らかになっているのに
玄海原発の再開に向けて国が責任を持つという。
まったく信用出来ない。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
安心だと言っておきながら
これからストレステストを全ての原発でおこなうという
順序が逆さまだよ。
この国の舵取り役は誰も信用できないと思う。
震災後の政治の停滞は
この美しい日本を何処へ向かわせるのか。
でも、もういいよ。
「海が泣いている、したくてあんなことしたんじゃない。
海が取り残されている、海の悲しみを誰も気づかない。
海は、この国が好きでたまらなかった。
あれからずーっと、海が泣いているよ。」
ひとりひとりの生命のロウソクの炎が
希望の光になるように自分自身で切り替えるしかない。
まさしく、我々は今、問われている。
自分に出来ることを淡々と、していきたい。
祈ることも、願うことも、もうしない。
願えば、見えない闇も姿を現す。
祈れば、自分の方が神より偉くなる。
出来ることを淡々とする以外に道はない。
この国の未来を占うこともしない代わりに
海の悲しみに気づいていたい。
頭を低くしながら、金色に染まりながら、
実りの秋を待ちながら。
水
06
7月
2011
被災地に希望の光を運びたい
2011.7.6
天候を含め自然が乱れているように感じます。
猛暑と共にゲリラ豪雨と突風
被災地はこれからも大変だし
原発の汚染も大変だし
光と魔のせめぎ合いなのか
政治の芯の無さがまかり通っている日本の不幸。
とにかく希望の光が必要だと思う。
政治の世界も仕事の世界も身近な事も
相手の迷惑を考えない自己中の考え方や感情は
光では無いと思う。
今何が起きているのかを観る心を持ちたい。
被災地に希望の光が降り注ぐことを願います。
火
05
7月
2011
SLと真空管
2011.07/05
BSでSL大図鑑が数日放送されているが
汽笛がなるとジーンと涙腺が刺激される。
まだ生まれて数年の頃に東海道本線は蒸気機関車で
トンネルに入ると煙が入って来て
急いで窓を閉めていたのを覚えている。
そんな幼子のかすかな記憶や
小学生の頃、夏の夜、遠く汽笛が鳴いていたのを
音と共に覚えていることなど
数少ない思い出の中で
SLの哀愁を含んだ汽笛は
今でも聞くと切なくなる。
SLも真空管と同じ様に時代と共に現役を退く運命が
余計にノスタルジックな思いを運んでくる。
どちらも一応第一線からは退いているけれど
一部は健在ではある。
真空管内蔵の機材は意図的に使っている。
SL大図鑑を見ていて真空管を思い浮かべた今日この頃です。
木
30
6月
2011
今からこんなに暑くては、
2011.06.30
まだ6月なのに
既に熱中症で亡くなった方もいる。
今年はかなり暑くなりそうだな、
東北地方の避難所の体育館や建物は
暑くはないのだろうかと心配だ。
8月下旬でもまだ暑いだろうな。
3週間の車での魂歌巡礼の旅は、
想像以上に厳しいのかもしれない。
やはり何箇所はホテルに泊まろうかな。
月
27
6月
2011
義援金寄付
2011年6月27日
きくち寛・全集Part6の初回プレス分の
きくち寛の音楽著作権印税分¥50,000を
中日新聞社会事業団を通して
東日本大震災への義援金として
中日新聞本社の社会事業団へ出向き
本日寄付致しました。
受付の人に「赤十字に渡るのですか?」と聞きましたら
中日新聞社から直接に関係支援する自治体へ渡るそうです。
早くに活かされることを願っていたので
なんかほっとしました。
赤十字だと金庫の奥でしばらく出てこない様に思うから。
火
14
6月
2011
猪突カフェでプライベートライブ
2011.06/12日曜日に小牧市の猪突カフェにて
プライベートライブがありました。
地元の方やお店の関係の方が集まってくれて
入れ替え制の2ステージとも満席になりました。
1stステージ13:30~15:00 23名
2ndステージ17:00~18:30 27名
初めてきくち寛の歌を聞かれる方も多かったかな。
最近出来た歌が9曲もあるので
選曲を2ステージで変化させました。
多くの方が震災後に作った歌で涙を流されていました。
きっと感動してくれたと思います。
BOSEのL1compactシステムをこの日初めて使ってみましたが
一本のSPシステムでも充分良い音でした。
これを持って8月の東北地方への被災地へ
ライブに行ってきます。
赤文字は新曲
1stステージ選曲
M1.泣いてごらん
M2.時〜降り注ぐ時と共に〜
M3.彩日
M4.貴船川
M5.ひとりはみんなのために
M6.置き去りのままの夢を
M7.届いたみかん
M8.冬の桜
M9.あなたがいたから
M10.優しさは蓮の花
M11.天国は春ですか--------------新曲
M12.Operation Daijyoubu--------新曲
M13.魂歌巡礼の旅
---------AC------------
M14.ボヘミアン
M15.LaLaLa-------------------------新曲
2ndステージ
M1.TOKYO GOLDEN RIVER
M2.宛名のない手紙---------------新曲
M3.飯綱高原にて------------------新曲
M4.地球の詩------------------------新曲
M5.名もなき星よ
M6.時〜降り注ぐ時と共に〜
M7.冬の桜
M8.風のオルゴール
M9.家族の絆------------------------新曲
M10.天国は春ですか-------------新曲
M11.Operation Daijyoubu--------新曲
M12.魂歌巡礼の旅
M13.ボヘミアン
----------AC----------
M14.泣いて笑って花になれ----新曲
M15.LaLaLa-------------------------新曲
M16.星とラベンダーと君
また次回も猪突カフェでライブをしたいと思います。
猪突のママさんありがとうございました。
ワンちゃんのパルちゃんも歌を聞いてくれてありがとう!
BOSE L1 Compact system
月
23
5月
2011
長野県飯綱高原にて
土
14
5月
2011
小さな字は疲れる
2011.05.14
最近はとみに、小さな字を見るのが疲れて
読み続けることにも根気がなくなった感じだ。
興味のあることなら平気なんだが
やはり年齢から来るのかな。
先日オーラがきれいな人にあった。
雰囲気とかじゃなくて実際に見えるオーラのこと。
30年ぐらい前にオーラを初めて認識して
別にその筋の仕事をするのではないので
それ以上の開発はしなかったけれど
時々ハッキリ見える
黄金に輝くのは初めてでした。
そういえば東京に住んでいる頃
巣鴨のとげ抜き地蔵商店街で見た若いチベット僧のオーラは
透明で大きさはあたり一面広がっていた。
ゆっくり歩く僧が醸しだすオーラは
近寄り難い崇高なものでした。
空とか無を歩きながら体現している感じでした。
ちょうどダライ・ラマが日本に来ている時で
その一行のおひとかたかもしれないと思ったのを覚えてます。
今回の方はまだ若い青年で太陽の陽を受けながら
集中してダウジングをしている時のオーラでした。
今の日本(世界かも)はこの時期混乱しているようで
ネガティブな力とポジティブな力のせめぎ合いを感じます。
直接、命に関わる自然災害を含む
選択がなされる力なので
気をつけないといけない。
真っ二つに分かれる時期になった。
まともな心の人と
邪悪な心の人に分けられているみたいだな。
こんな時期だから自分の心を常に修正修正!
引っ張り込もうとする力も大きくなっている感じがする。
こんな時は難しく考えないで「吾に変える」ことで
その都度、軌道修正出来たらいい。
住んでると思い込んでいる世界を一度ゼロにすればいいかな。
邪悪な心をした人の罠にかからないように
ゼロにしなくちゃね。
それにしても小さな字が苦手なのは年齢のせいだよな。
火
10
5月
2011
サ・ト・レ
2011.05.10
浜岡原発の停止決定で中部地区も本格的な節電です。
今まで通りの経済の上昇はありえなくなった。
広い意味で自然回帰せざるを得なくなった訳だ。
新宿上空にUFOが20機ほど飛来した映像がネットで評判です。
見ましたけどついにここまで来たんだなと思いました。
順番に慣れていくんだろうな。
当たり前になっていくんだろうな。
地球が危なくなっているんだろうと思う。
進化した次元の異なる存在がついに見かねて物質化して
変革の時期を伝えているように思える。
自分は既にこれらのことを
びっくりもせず受け入れてしまっているかも知れない。
驚かないし、日本の今後の役割とか、
人の魂の向上の意味とかを既に自分なりに理解して来たと思う。
ひと言:
「今までの常識は観念の副産物、そろそろ変わらないと」
「フト、吾に変える、その吾とは何か。
その吾に意識をとどめ観よ。
全てを記憶するだけの領域、アラヤ識。
吾とはそこまでか?
否、先がある。
全てを記憶するだけの領域を活かすものは何か。
意識外の元々の「いのち、愛」、アマラ識。
屠刀を放下すれば立地に成佛する。
屠刀とは何か考えよ。
屠殺する刀だけでは無い。
意識の中の刃のこと。
怖れから手に持つ刃よ。
屠刀の放下は、
生まれ変わって来た全ての世で与えられていた機会。
共にある当たり前のエネルギー。
準備の出来た者よ、難しくは無い、
唯、信じて屠刀を放下せよ。
放下しても何も心配することなど無い。
安心の中へ明け渡せ。
サ・ト・レ」
2011.05.05移動中の車での啓示
木
28
4月
2011
ギターを弾く指先が痛い
2011.04.28
スチール弦のギターを弾く人は誰でも
左手の指先は固く豆が出来ていて
カチカチになっているけれど
あまりに長い時間弾いているとやはり痛くなる。
最近は特に弾き続けているのでジンジンしている。
2時間以上のステージがあると終わった後は
気がつくとかなり痛いものです。
ほぼ毎日作品作りで5時間ぐらいは弾いているが
それもあって今回はかなり痛い。
数日弾かなければ豆は乾燥?してカチカチになりますが
ライブの練習や曲作りや手直しなどまだまだ休めることが出来そうにないか。
月
18
4月
2011
CD「きくち寛・全集Part6」販売開始
2011.04.18
CD「きくち寛・全集Part6」の通販開始しました。
ライブでの販売ですと直接サインを入れることが出来ます。
全集のPart6はサブタイトルを
<ひとりはみんなのために>としました。
制作中に震災が来たのでいろいろ大変でしたが
なんとか間に合わせることが出来ました。
ジャケット制作デザインなども今回は自分でしてみました。
<ひとりはみんなのために>を聞かれた
CHOP'S ART(Masako)さんが描かれたイラストを
ジャケットにさせていただきました。
温かな雰囲気の出来です。
このCDのきくち寛の印税を全額東日本大震災の義援金に
寄付させていただきます。
長い時間をかけて大きな額になるように頑張ります。
日
17
4月
2011
一周忌
2011.04.17
母の一周忌の日です。
ちょうど一年が過ぎましたが
もっと前のような気がします。
部屋を片付けお寺さんに来ていただき
仏壇にお経をあげていただき
その後近くにあるお墓にてお参りして
その後は食事をします。
天気も良くて有り難いです。
大きな震災もあり地上はいろいろ大変ですが
向こうの世界では父と母はどんな話をしているんでしょうか
「届いたみかん」と「風のオルゴール」の歌が
こころに流れてきます。
木
14
4月
2011
超法規的判断が出来ない?
2011.04.14
この機に及んでも
法律や条例に縛られている役人の存在
憂うべきは国も地方も巨大化した企業も
責任を背負えないトップの姿
超法規的な判断が出来ない体質
各国から来てくれていた医師団に
国は謝るべきだ
人の善意を条例違反で無力にして来たことを
この国の実態を見る思いがする
国民性は健全かつ道徳的だと思うが
条例や法律に縛られて動きの取れない
そんな場面が続くこの国は
世界を本当にリードする役目が
天から与えられているのだろうか
いや
精神性においてはリードする資質は充分に備えている
憂うべきかな
国家に柱が無い
拠り所になる凛とした柱が今は無い
心と知をつなぐ柱
人々を安心させる柱
天地を支える柱
それが見えていない
他人ごとのように重大な報告している姿が
一ヶ月間 目に焼き付いてしまった
まるで心を亡くした字のようだ
しかたがない
しょうがない
国民が自ら温め合うことで
内在する智慧を溶かしだそう
名もなき人々の心のともしびで
人の精神を縛り付けている呪縛を
溶かしてしまおう
月
11
4月
2011
風の災いの時代が走りだしている
2011.04.11
ひっきりなしに東北地方で余震があるが
通常だと震度6弱はかなり大きな地震だと思うのだが
震度7でM9.0を経験してしまい
ひっきりなしに揺れているので
震度6弱だと大きいと感じなくなってしまった精神が
情けないし同時に
福島第一原発の崩壊による放射能の拡散が止まらないことも
情けない
何時までもこんな感じで揺れ続け原発も封印しないなら
揺れるごとに原発のことが不安になる
その都度、東電から異常なしの会見
綱渡りしているから非常事態だと思うけどな
東日本大震災から一ヶ月が過ぎたが
ますます政府に対する頼りなさばかりが
目立ってきている
超法規的な指導力が求められ続けているのに
命がけで責任を背負う気力をリーダーに求めるのは
議院内閣制の日本では無理なのか
一年で何人も首相が変わる日本では無理なのか
国土が揺れ続けている
みんなの心も揺れ続けています
心が未来を創るから
不安で揺れ続ける未来なのか
猛毒プルトニュームの福井の敦賀にある「もんじゅ」は
活断層の上に建てられているから
もしを考えたら地球規模での大災害
もんじゅの冷却材として使われるナトリュームは
水と反応すると大爆発する
津波が襲い一部でも壊れれば
福島原発の比ではない爆発が起きる
敦賀には他にも沢山の原発があるが
活断層が多く走っているその上にある
放射能という眼に見えない「風の災い」の時代が
ついに走り始めている
人類史上最強の猛毒プルトニュームのことを
国は黙ってしまうけれど
これでいいのだろうか
もっと危機感を人類が持って
責任ある未来を選択したい
新型ウイルスの蔓延も
目に見えない風の災いの一つだが
地震災害による原発事故は
一箇所でも国土が世界が再起不能になる災いであると
肝に命じておかないと手遅れになる
すでに手遅れなのかもしれない
linkページ<もんじゅの危険性はこれを読むと判るかも>
日本の国土が壊れてしまう
他の原発も大丈夫なのか?
月
11
4月
2011
人・物・事に関わる縁
2011.04.11
人の出会いも別れもすべて縁のもの
縁が生じて出会い
縁が滅して離れる
その縁は今世のものではなく
限りない過去世から続いているのでしょう
人知では計り知れない縁は
良縁もあれば悪縁もある
悪縁から如何にして
自由に解き放たれるのかは
人・物・事に囚われないかにかかるのでしょう
感謝で包み込むことで
囚われ心を溶かしてしまうのが
良いのでしょう
囚われ心より人・物・事の方が
問題になると思うから
自由にはなれないのでしょう
どこに視点を置くかで
この先が大きく分かれる二股の分岐点
人・物・事には力は無いと思えば良いのでしょう
人・物・事を鏡のようにして炙り出てくる心が
囚われを造り
縁を創るのでしょう
因縁そのものでしょう
縁の妙なる動きを楽しむぐらいが
ほどほどに良い
水
06
4月
2011
人の気持ち
2011.04.07
まだまだニュースに被災された方々の姿や
応援する人々の姿が映る
それぞれの「想い」を知るにつけ
涙が溢れてしまう
気持ちとは遠くはなれていても
瞬時に伝わるものだと
つくづく感じています
思いは見えないけれど
思いやりは見えるというACのCM
思いは見えないけど
確実に伝わっている
みんなで応援しています
頑張らなくていいから
大丈夫って思いながら
未来を創造していきましょう
水
06
4月
2011
いにしえ桜の魂
2011.04.06
愛知県岡崎市の奥山田のしだれ桜が満開でした。
例年より10日ぐらい遅い満開のようでした。
いつもは3月20日ぐらいに満開になり
普通の桜が咲く前でしたが
今回は道沿いに桜も咲いていました。
このしだれ桜から生まれたのが「いにしえ桜」です。
全景
全景2
近景
桜の魂?
太陽をしだれ桜の向こう側にして写した。
右中央の樹の中に光の玉が写ってました。
太陽そのものも桜の花のようなピンク色の光が見れます。
少し拡大
その部分を少し拡大
さらに拡大
その部分をもっと拡大してみました。
勾玉みたいに見えます。
これってなんでしょうか?
不思議です。
ね?
鏡など無いし、
太陽はしだれ桜の向こう側ですし、
ps:
「いにしえ桜」mp3
いにしえ桜 <岡崎奥山田の枝垂れ桜>
2007/6月 作詞:垣下なずな&きくち寛 作曲 きくち寛
Am/Am7 F/Em F/G A A
いにしえから 幾百の春を
ひとりで咲いた しだれ桜は
ある日まわりを 囲んだ薮が
切り開かれて 人の前に現れた
その日から春に 人々が集まって
いにしえ桜は 人の心を 癒し続けた
夜は夜で 眠らないまま
夜桜になりました
A Bm C#m Bm Dmaij7 E7
ある日優しい 心の少女が
冷たい風や 夜のライトが
老いた体に 辛くはないかと
寄り添いながら そっと訊ねました
その夜少女の 夢に見事な姿
いにしえ桜は 大きな枝に 少女抱き上げ
私は何も 辛くはないと
微笑んで語りました
A Bm C#m Bm Dmaij7 E7
「愛する気持で 私はいっぱいだから
夜のライトも ものともせずに
咲き続けましょう」
桜吹雪で少女を包み優しく語りかけた
私の樹の下 子供たちが駆け回り
笑いに満ちた 平和な世界 まほろば夢見て
いにしえ人の 祈りを今に
運んで来たのです
時を超えて いにしえ桜
A Bm C#m Bm Dmaij7 E7 F/G A A
全ての画像はiPhone4 by:きくち寛
水
06
4月
2011
義援金は直接届くといいな
2011.04.06
義援金が沢山集まっている
これらが国の財政に入って復興に回るのでは無くて
直接被災され財産を全て失ってしまった人々に渡ることを
切に願っています。
月
04
4月
2011
屋根の上の犬
2011.04.04
震災の中、流された屋根の上に乗って
海を漂流していた犬が見つかり助かった。
思うことは沢山あるが
ここはひと言「良かったな」で収めたい。
他の犬や猫たちのことまで考えてしまうから。
健気な犬の顔を見ていると
かわいいし、せつないし、
良かったなと撫ぜてやりたい。
よく頑張った。
日
03
4月
2011
New CD
このCDのきくち寛の印税は全額を
東日本大震災の義援金に寄付させていただきます。
収録曲は
1.君がこの都会を離れても
2.優しさは蓮の花
3.時〜降り注ぐ時と共に〜
4.置き去りのままの夢を
5.花になれ風になれ
6.おわら風の盆
7.ホノルルの風
8.ひとりはみんなのために
水
30
3月
2011
個人的心情
2011.03.30
震災後にいろいろ感じるところがありました。
心情を残そうとするなら
感じるという言い方が一番適切な言葉でした。
それ以上はいくら論理的に整理しても流動してしまうからです。
まず今回の大災害に直接巻き込まれた方々に
お見舞い申し上げます。
語り尽くせない程の悲しみや辛さを思うと
言葉は見当たりません。
人が亡くなることの重さや残された方の心情を思うと
言葉が見つかりません。
2万人以上になるのかもしれない悲しみの規模や重大性は
計り知れません。
避難所生活や未来のことなど不安の中で負けそうになる心を
なんとかつなぎ止めている方ばかりだと思います。
立場的に不明の家族を探すことも出来ず
お仕事を遂行されている方も多いと思います。
原発事故で現場で作業されている方々のご苦労も
想像を絶する過酷な状況だと思います。
自衛隊や消防や警察や各国からの救援隊の皆様にも
頭の下がる思いです。
日本人は冷静で略奪なども起きず
そのことで世界から道徳性を評価されているようですが
被災地の方々が冷静に耐えているからこそ
そのお心が日本中に伝わり
日本人の心に深く宿る良心が
浮かび上がって来ているのでしょう。
もちろん大都市で買い占めとは呼べないが
モノが無くなるような流通の弱点が出て来ていますが
それでもオイルショックの時のような
デマに踊らされ、トイレットペーパーが
無くなる程では無いように思います。
今のところ冷静に復興への手助けを国民一人ひとりが
それぞれのやり方で微力ながらしているのが現状でしょう。
それでも集まれば大きな力になるはずです。
ひとりはみんなのために出来ることがあり、
みんなはひとりのために出来ることがある。
たとえば喫茶店やコンビニのレジに置いてある募金箱に
お釣りを入れる大人や子供たちの心は今の私たちの姿でしょう。
ところで3月11日の午後2時45分頃に起きたこの地震と
大きな津波のニュースや映像を見た後に
次々と状況が伝わってくるにしたがい
大変なことが起きたから何かしなきゃと
かなり自分としてはエネルギッシュに考え
まず「歌の焚き火」としてHP上に
今この時に必要だと考えて選曲した自分の歌を
貼りつけました。
被災された方々にはその時点では聞いてもらえないけれど
被災していない我々の中にある不安や悲しみの心情に
歌で温かな一時をと思いながらの行為でした。
それが役立てたのかは判りませんし
効果など無いことだったかもしれません。
それでも、遠く離れた場所から、
参加出来る行為は
mp3ファイルを貼ることでした。
数日後、振り返ると私の心の中に
えも言われぬ感覚があるのに気が付きました。
ちょうどHeartチャクラ(アナハタ)の位置に
悲しみや辛さや嘆きのような
解決の出来ない感覚が浮かんでくるのです。
時間にしか取り除くことの出来ないような
あきらめと無力感のような感覚も出てきます。
それは個人的なことですが
同じような感覚は昨年他界した母の時にもありました。
十数年間在宅介護が続いていて歌う仕事で遠くへ行くときは
多くても6日ぐらい母をショートステイに預ける時があります。
母はそのショートステイ中になくなりました。
ちょうど4月の京都ライブツアーの時でしたが
時間を作って広隆寺の弥勒菩薩像を見て
宇治の平等院に入った時に母が心停止し
病院に搬送されたとの電話がショートステイから入り
慌てて車を飛ばし名神を名古屋に戻りました。
その車の中で医師から「心臓マッサージを止めてもいいか?」と
問われて答えることも出来ず「まだ続けて下さい」としか
言えない自分たちがいました。
あんなに精一杯、自宅で介護してきて
最後の時になぜ近くにいることが出来ないのかと
すぐに病院にたどりつけない焦りと無念さや悲しみの感覚は
ふとした時に今でも蘇ってきます。
実は今回の震災でも同様な感覚が浮かびました。
2万人以上なら2万倍の悲しみ不安が日本中を覆ったのです。
災害の映像や状況を知るにつれ
出来ることを何かしなくてはと
心と頭が夢中に働いた初期の状態から
2週間以上が経って心境が変わりました。
新聞も全てを読みたくないし、
TVのニュースも見たくなくなりました。
政府の対応のまずさ
救援物資が行き届かない法律上の不備
腹立たしい東電の対応なども含めて
ちょっときつくなりました。
Twitterもほとんど見る気がしなくなりました。
フォローしてくれた方はもれなくフォローしているので
フォローしている方がリツイートする知らない人からの
つぶやきも沢山あるので読みきれませんし
批判めいたつぶやきが多くなって
純粋な祈りからは
かなり遠くなった書き込みが多く
Twitterを閉じようとさえ思ってしまいました。
2万人以上の死と残された人々の不安や悲しみを
Heartが受け止めてしまっているのでしょうか。
自分には得体のしれない重さがまだあります。
こんな時こそ
被災していない我々が元気になっていかなければという
意見や見方もあります。
自粛傾向にある動きを転換して行こうとする考えも
これからは特に必要だと思います。
事実そうして頑張っている人も多いと思います。
そうしないと日本は立ち上がれないと思うからでしょうか。
被災されている方々への同情は失礼と思う考え方をする人も
いるのかもしれません。
いろんな考えがあるでしょうし、
どれも間違いでは無いと思います。
でも私は
日本人は無理に元気を出さなくても
底力があると思っています。
だから今一番大切な事は今回何が起きて
とんでもない事態に陥っていて
未曽有の人が死に家族や家を無くしたことを
忘れてはいけないと思っています。
だからといって
偏見と情報操作されている新聞やTVのニュースを
隅から隅まで見ることでは無いのですが。
闇雲に元気を出そうといって
純粋な思いの自粛や喪に服すようなことは
まずいような風潮があるなら
怖いことだと感じています。
被災した方々を思うと
胸が痛み苦しみ辛く、何故?と神に問いかけるような
涙をいっぱい流し
自分を反省したいと思ってもいます。
余談になりますが
天罰だと言った石原都知事は何故被災されている方々を
思いやることが出来なかったでしょうか。
都知事の発言は公に被災地にも届きます。
残念ながら高いところから見ているんだと思いました。
シー・シェパードのリーダーも同じように
天罰と言ったそうです。
確かに今の日本は利益誘導型の社会で政治も混乱し
道徳や日本人の美徳が忘れ去られていると思いますが
天罰という言葉は意味を深く知っていれば
公人として使えない。
今、何が起きたのかを深く心に刻み、
人の悲しみや辛さを我が身に感じ、
今でも涙があふれるなら、それが一番いいと思っています。
それで正常ですよ。
こんな時に元気が出る人を(表面上かもしれませんが)
羨望の目で見てしまいます。
元気が出なくて当たり前。
その人こそ本当の底力が出るのかもしれないです。
2万人が命を一瞬のうちに無くし
もっと多くの人が家族や家を無くし
それを知ったら被災していなくても他人ごとじゃなく
辛いのは当たり前です。
元気が出なくて当たり前の人も多くいるはずです。
そこのところだけでも心配しないでいいし
きっと大丈夫!そんな気がします。
時間が味方に付いてくれるはず。
自分も大きな元気が出なくて
前さえ向いていればいいからと
今するべきことを一つ一つこなしてます。
Heartがキャッチした沢山の心情は
事実として存在しているし
それでいいんだと思っています。
どんな考え方も間違いではないし
どんな考え方も正解ではない。
悲しみや辛さを感じながら元気を出し惜しむこともせず
頑張れる人もいれば
悲しみを耐えて雪のしたで時を待つ人もいていい
こんな時こそ
底力を出して世界の目標になっていく日本であることに
誇りを感じて「大丈夫」を自分の合言葉にしたいと思います。
元気が出なくても「大丈夫」だよ。
泣きながら、やることやって行こうと思う。
被災している人も元気を出そうと頑張っている。
そのことに敬意を持って元気を底から出せるように
前向きに一歩一歩進めていこうと思う。
とりとめ無い文章でしたが、読んでくれてありがとう。
ここからはもっと個人的に自分を励ます心情を
詩にしてみますね。
「operation daijyoubu
今元気な人の次に控えている底力の大多数がいます
元気だしすぎてちょっと疲れたら
安心して休んでください
次から次に底力が控えていますから
日本の国土には数万年前に
天とひとつになっていた経験を持つ魂が
かなり多く生まれ変わって来ているから
今後の世界を精神でリードして行く役目もあるので
国難を乗り越えていけます
今出来ることが見つけられなくても
人の悲しみを受け取っていても
心が全てを創るから
大丈夫です
神は人の心に未来を託しているから
大丈夫にしていこう
前だけ向いて進んで行こう」
operation daijyoubu
土
26
3月
2011
震災のニュースや情報を見ていて
2011.03.26
あれから16日経った
ニュースや情報番組やTwitterなどで
聞こえてくるいろいろなこと
腹立たしくなるので
あまり悪い情報は聞かないようにしてる
国のお役所仕事や
利益誘導型の会社の体制
もううんざりしてくるな
被災している方々の
一刻も早い救済を願います!
経済を冷やすようなことは
政府はしないようにしてください!
野菜は洗って食べますから
破棄させないで下さい!
やっぱり腹が立ってしまう
国民は馬鹿じゃないですよ
火
22
3月
2011
Yahoo緊急災害募金
2011.03.22
日頃から活用しているYahooJapanの
インターネット緊急災害募金
かなり集まってきている
今日03/22早朝の表示によると
- 現在の募金金額
- 1,283,321,328 円
- 募金人数
- 788,535 人
12億8千3百32万1千328円
どんどん増えていってます
災害発生後からすぐに設定される迅速さに
公共的な責任感を感じました
インターネットの良い面を見る思いです
今回もここを活用させていただきました
IDを持っていれば
手間も無く簡単に出来るので有り難い
新しいCDの売上からもここを活用して
募金することにしている
きくち寛・全集Part6
4月のライブ再開から販売をします
頑張らねばね
仕上げなければ
土
19
3月
2011
米軍ヘリの人道的手続き違反
2011.03.19
地震発生の初期の頃
ニュースを見ていて
救援物資を待つ孤立した病院や学校に
大きなグラウンドがあり
そこに必要な物資リストが書かれていた
取材ヘリがなんども上空を飛び
映していた
取材でヘリで動くのなら食料でも積んで
飛んでくれたらと思ったものでした
道路が寸断されていて救援物資が届けられないなら
自衛隊のヘリを使って迅速に上空から運んであげればと
なんども思った
何か実行できない壁でもあるのかと思った
Twitterからの情報なので真偽は判りませんが
読んでいて”あっ”そうだったのかと
呆れ返ってしまった
日本は全てがお役所仕事なのか
Twitter情報から
”米軍が突然ヘリで避難所に食料を運びこんだ。
現場判断で勝手に行なった事の言い訳がカッコいい。
Q「要請無しで支援を?」
A「被災地上空で揚力が不安定になり着陸した、
荷をデポして機体を軽くし、
なんとか帰投した。
地震による地磁気の影響だろうタフな状況だ」”
これともうひとつ
”ようやくヘリによる物資投下の手続きが
簡素化されたようですね。
「今頃かよ~!」の気持ちはありますが、
これで少しでも多くの被災者の方たちが
救われればいいですね。”
もしこれらのことが本当なら
米軍にも日本の法律上の手続きという
規制がかかっていたんだろう
そして臨機応変にリーダーシップの取れていない
政治に悲しみを感じ得ない
それぞれの立ち位置で努力されているとは思うのだが
人命救助を第一にと宣言しておきながら
ヘリでの救援物資投下が
二の次にされてしまっていたのなら
言葉が見つからない
人命救助は避難所の人の灯っている命を
助けることも同じだと思う
被災した行政からの要請書類での手続きが
ないと出来なかったことなんでしょう
いろんな部署の認証印が必要な書類があるのでしょう
こんな時でもお役所仕事の延長では
勝手な判断は責任問題なのでしょうか
頭が思考停止してしまう程の災害だからか?
米軍のとった判断は法律を超えた人道だ
直接グラウンドにヘリが降りられる場所があるのなら
そこに助けにいけれればいいと
法律手続きを知らない一般国民の立場だと
単純にそう思う
だからリーダーシップが必要な時だったと思う
物資を一箇所に集めてから
陸路を整備確保して運ぶ方法が臨機応変とは
思えない
金
18
3月
2011
介護をしている人
2011/03.18
今日は母の月命日でお寺さんがお経を上げに来てくれる
来月が一周忌になる
在宅の介護を10年以上してきたが
時々寝たきりの母は大きな地震が来たら
どうすればいいんだろう
ベットごと逃げることは
出来そうにないし
背負って避難所へ行けるだろうか
おむつや経管栄養はどうするのか
吸引は停電したら出来ないし
どうなることやらと思っていました
今回の震災でもTVには出てこないが
多くの在宅介護者の存在があると思っています
被災地じゃなくても停電になると
弱者は置いてきぼりになる
経験者じゃなければ
頭には浮かんでこない立場の人もいる
すでに母はいないけれど
被災者の中の介護者のことを思うと
言葉が見つからなくなってしまう
木
17
3月
2011
心を静かにして行こう
2011.03.17
被災地の放射能汚染への風評を
生み出すのも抑えるのも
TVマスコミだと思える
国が冷静になるように、いくら発表しても
マスコミが不安を煽る報道や
被災地の憤りを報道すれば
こちらの方が影響が大きい
そして生まれる風評を今度は
止める側になっている
報道は必要だが
踊らされてはイケナイ
国民が一人ひとり冷静な判断をしなければと思う
買い占めも起きている
冷静に心を静かにして行こう
長引けば今後も風評が生まれることだろう
焦りと国への批判がうまれるだろう
でも
どんな状況になっても
一人ひとりが
心を静かにしていよう
そこから希望が見えてくる
光が見えてくる
泥水のコップに
きれいな上澄みが生まれるように
心を静かに冷静になろう
水
16
3月
2011
株価とか円高とか
2011.03.16
こんな時に株価とか為替とか
投資(金儲け)でいじくるな!
日本を支えなさい!
昔から心情が理解できないでいたけど
投資とかで心を見失っている人よ
世界の人口の中の砂粒ごとき一握りの人たちよ
日本経済を君達の欲望のゲームで
潰したらあの世に逝ってから
閻魔様に言い訳が出来ないぞ!
水
16
3月
2011
なぜ雪が降るんですか?
2011.03.16
被害地に雪が降って来ている
なぜ降るんですか?
孤立した避難所は
暖をとることもままならない地域です
雪は酷です
今、命ある人には
雪は必要ありません
水
16
3月
2011
命がけの活動
2011.03.16
現在も原発で被爆しながら
冷却への命がけの復旧活動をしている人たちに
感謝の心を添えて、無事を祈ります。
家族には会えなくなるかもしれないと思いながらの
懸命な行為だとのこと。
胸が熱くなります。
早く燃料棒が冷やされることを願い続けます。
作業員に健康被害が出ないことを
天に願い祈ります。
火
15
3月
2011
やはり原発安全神話が
2011.03.15
原発安全神話崩壊は車でいうと
アクセルとチェック機能のブレーキを扱う人が
同じであるところから生まれたのだ
車を動かすことが至上命令なら
ブレーキよりアクセルを踏むことになる
この不条理から脱するために
原発は100%安全であると言いつづけて来た
もし原発で発電するより
コストがかからず効率よく発電可能で
なおかつ電力会社の利益率がよいシステムがあれば
当然危険な原発は造らないだろう
やはり利益誘導型の思考が働いていただろう
電力会社のみならず
関わる国の政治家も官僚も地方自治の首長も
懐を潤す利益誘導型人間だったのだろう
太陽発電や風力発電や水力発電や火力発電など
利益効率が悪いシステムと古いシステムは
国からの援助金が少ないのだろう
地球的な危険性を知っていても
儲かるシステムのアクセルを
誰が踏んできたのだろう
安全神話で国民を誘導して来たのだろう
たとえ耐震構造であっても
弁や冷却タービンの燃料や
供給電力の不通などあまりにも原始的な故障が
起きているようだ
もちろん想定を超える規模の津波が
周辺機器を襲ったにせよ
一元的に地震のせいばかりには出来ない
現場で被爆しながら働いている人で
爆発で判明した被害を受けた作業者が
下請けの協力会社の社員や自衛隊の人だった
身の危険を顧みず頑張ってくれている
緊急事態を補修する専門家チームなのだろうか?
派遣社会のシステムがもしかして
安全神話の原発でも行われていたのだろうか?
電力会社もトップは天下りの受け入れ先なのだろう
とんでもないことが起きないように祈るばかり
ps:
中国の計画では大陸に200箇所の原発建設が
予定されているそうだ。
月
14
3月
2011
自衛隊が頑張ってる
2011.03.14
自衛隊がものすごく頑張ってくれている
Twitterにこんな書き込みがありました
“福島の奴と話せた時に自衛隊の無双ぶりをきいた。マジですごいらしい。背中に年寄り2人背負って両腕に年寄り1人ずつ。計4人の年寄り抱えてダッシュとか普通にしてるらしい。それなのに 食事も睡眠もろくにとらず、笑顔でがんばってるようだ。 ”
活躍が広く国民に届くといいと思う
頑張って下さい
ありがとうございます
月
14
3月
2011
計画も突発も停電によって
東京電力の計画停電の実施と
アナウンスが介護者からすると心配だ。
危険な原発の管理も不十分さが暴露か。
昨年の4月まで要介護5の母親を
在宅で介護していた経験から
もし停電になったらと思うと
どうしたらいいのか判らなくなる。
ベットのままの避難も出来ない
ましてや被害を受けてしまった地域に
いたらと思うと、
どの様してに連れて逃げるのか。
置いていかねばならないのか、、、。
停電の時はバッテリーが無ければ
吸引も出来なくなる。
見捨てられてしまうのか。
東電のアナウンスの不手際(時間的余裕)では
福祉行政も対応が間に合わないはず。
いきなりでバッテリーが配られるんだろうか。
介護をしている時にも
災害にあったらどうするのかと
行政は調べてくれていたが
平常時には出来ても
今回のような広域災害になったら
行政も手の打ちようがないと思う。
被災地を思うと、これも心が痛い。
既に母は天国にいる。
安らかにいる。
月
14
3月
2011
隅々まで早く援助の手も
2011.03.14
孤立している避難所に生活に必要なものが
いち早く運び込まれますように。
TVで津波の映像を見るたびに壊滅状況が飛び込んでくる。
自分の心が負けないようにしないと。
行政の役場が壊滅状態で政府に情報が届いていないのか。
取材班は入って行ってるのに
孤立しているところが多いようだ。
こちらの心が負けていてはイケナイ。
地球上で一番ひどい災害だったのかもしれない。
まだまだ立て続けに地震情報が飛び込んでくる。
外国人の不明者もいるようで、
Twitterを通して英語でなんと私に問い合わせがあった。
翻訳ソフトで訳して意味を理解し、
英語に訳して返事を書いて
Twitterにリツイートした。
さっきまで写真とお名前を掲載していました。
イギリスの方で岩手県一関市に在住していたようで
助かったサスケは30日まで一関市にいるので
見かけたらお願いしますとメールした。
それと一関に在住の方にTwitterでお願いしました。
遠くイギリスで母親が心配している。
見つかることを祈っています。
日本人以外にもたくさんの外国人が
不安な時を過している。
日本列島は重傷重体なのか。
日
13
3月
2011
地震に添えて
2011.03.13
ハートが悲しみで重く痛んでくる
他人事では無く、自分の体の一部のように
得体のしれない重さを感じてくる
離れた愛知県にいる自分に
今出来ることは何か?
無力さを感じているなら
その無力感は何処から来るのかを知ればいい
それは力を提供したいという
尊い思いから来るのだと気がつけばいい
世界は人々の思いから出来上がって行くのだから
悲しみの思いを希望に変えながら立ち上がろう
批判や不満を他人や社会や政治に向けるのではなく
全体で協力しあう大きな願いや祈りを今こそ重ねて
前向きに立ち上がりたい
世界各国から援助の手も向けられている
今こそ人間が共通の「いのちの源流」に触れて
悲しみや苦しみを希望へと変えていきたい
今この時に一人ひとりに出来ることは
自分の範囲を超えて思いが届くことを信じて
希望の光を心に添えていることだ
祈ることだ、願うことだ
慈しむ涙を流すことだ
まずそこから私は始めたい
きくち寛2011.03/13
PS:
今出来ることとして
歌の焚き火にmp3で歌を幾つか貼りつけました。
新しいCD「きくち寛・全集Part6」の印税を
全額義援金に寄付させていただきます。
2012 May.きくち寛














